今回のLAタイムズ紙の記事は、わたくしたちの生活に余り馴染みの薄い「芝生」の話。
http://www.latimes.com/news/nationworld/nation/la-sci-super-lawn28-2009sep28,0,5084376,full.story

◆スーパー芝生を設計する科学者
その目標は、耐干性、害虫抵抗性に優れ、そして、緑の素晴らしい覆いとなる草。それは非常に高いハードルであるが、水不足が益々深刻化する中で、その必要性は増している。

 カリフォルニア大学リヴァーサイド校内の一端にある区切られた実験場では、数ダースもの草の山が砂状の土から突き出ている。
 これらの草は、柔らかく、狭い葉身とダークグリーンの色をしており、米国内の芝生に加えられることを望んでいる。最も重要な点は、今日の芝が大量の水分を求めるのに対して、これらはそうした宿命的特徴が欠如していることにある。
 カリフォルニアからフロリダ、マサチューセッツに至るまで、芝生を茶色に枯らさないよう義務付ける水まき規制があることから、少数だが熱心な一部の芝科学者は、干ばつに耐えうるスーパー芝生を設計する任務に励んでいる。
 彼らは、技術的な問題をよく認識している。何百万年にも及ぶ進化の過程において、乾燥した高温の夏と冷涼で湿潤な冬に生長する芝は産み出されてこなかった。母なる自然より一段高見に出ようとすることは、確かに園芸上の傲慢的課題とも言えよう。
 水需要を低く抑えることは重要であるが、それで十分ということではない。商業的な成功を実現するためには、日陰耐性を有していなければならず、病原菌に対する抵抗性がなければならず、比較的遅いペースで成長しなければならず、十分な種を実らせなければならず、子孫も引き続き同じ特徴を有していなければならない。
 そのためには何年もの歳月が必要であり、努力がわずかでも実ったとして、10年はかかる所業である。しかし、益々水不足が深刻になる状況に、研究者は乾燥にも適した芝生の必要性を無視できなくなっているのだと口にする。
 「今から30年後に本当に成果を挙げられれば、喜ばしいことでしょう。」米農務省の植物遺伝学者ジェイソン・ゴールドマンが言う。彼はオクラホマ州のウッドワードでスーパー芝生をつくる努力に既に5年の歳月を費やしている。
 カリフォルニアで干ばつが続いたその3年目に、もう1人、UCリヴァーサイド校の芝草専門家であるジム・バイルトが本格参入した。彼は、水の賢い使い方のプロトタイプとして将来における公園、ゴルフコース、競技場の芝生にまで育つことを夢見ている。
 「同僚は、私のことをおかしな奴だと言います。」彼は言う。「けれども、夢見ることは何も困らせません。」
 米国の芝生にとって最も重要な局面でそれは常に登場するものである。
 裕福な住宅所有者は、故郷英国のよく手入れがされた敷地を呼び起こすステータスシンボルとして1700年代に芝生を植え始めた。上流階級達だけに、手で持てる大きさの刃物で芝生を適度な高さに刈り揃えておくための使用人を所有する余裕があった。
 南北戦争後に、それは一変した。園芸用ホースと機械式の手押し刈り取り機を入手できるようになって、一般の住宅所有者達が自身の庭の芝生の世話に向かうことが可能になった。米国人は、エメラルドグリーン色の芝を英国で重んじられるアップルグリーン色のそれよりも好んだ。
 NASA衛星の観測推計によれば、現在、およそ50,000平方マイルの芝生、ゴルフコース、公園が全米を覆っている。それはミシシッピ州全体を覆う面積に相当する。そのような量の全ての芝を緑にしておくためには、米国民1日当たりでおよそ200ガロンの水を必要とすると、NASA科学者が計算した。
 水の制約は、そのような維持管理を益々困難にしている。
 6月1日現在、ロサンゼルス水力部当局は、スプリンクラーの使用を月曜日と木曜日の15分間だけに制限した。こうした規制は、ネバダミネソタノースカロライナ、フロリダ及び他州と同様に、カリフォルニア州内全域で効力を有するものである。
 芝の専門家は、何かを変えなければならないことを自認する。
 「我々は、夏の間、青々とした緑の芝生を持っている必要はないのだということを人々に信じさせる必要があるのです。」と、ニューブランズウィックにあるラトガーズ大学の芝草生理学者のビングル・ホワンが言う。
 10代の頃にゴルフに対する関心から草についての強迫観念を抱いたバイルトは、米国民がそのような方向には決して動かされると思わない。彼は、米国民が何ヵ月もの間、庭の草が茶色状態になっていることを我慢するよりも芝生を潰してしまった方がましだと思っていると考える。
 「我々は、若干の芝生を自分の周囲に保有していることを確実とするために最善を尽くすのです。」と、彼は言う。
 植物は、干ばつに対処するための様々な戦略を発展させてきた。
 いくつかの草は、地下深く水に達することができるような深い根を発達させた。いくつかの草は、休眠して、茶色になり、雨が振ると元通りに戻り、成長により適している状況になるまで、自らの資源を保存する。
 別の植物では、水がない状態でも生体を維持するために、茎と葉の中に糖に関連した合成物を蓄える。
 そして、いくつかの植物は、葉の気孔を通して漏れる水蒸気を捕えるため、発達したつるつるコーティングや毛髪状フィラメントによって、光合成の間の水損失を最小にする。バミューダやセント・アウグスチヌスのような温暖期の草は、ケンタッキーブルーグラスやトールフェスクのような冷涼期の草に較べて、水分を失うことなく二酸化炭素を捕獲するための効率的な仕事をすると、ホワンは言う。
 カリフォルニアの住民のほとんどは、トールフェスクの一種である、例えばマラソンといった芝を邸内に植えている。それらは冷涼期の草で節水型ではあるが、まだ多くの改善の余地を残している。
 単に温暖期の種類に変えるだけで20%もの節水に繋がると、バイルトが言う。しかし、これらの種は、冬期間は休眠をする。そして、生育の活発な期間であっても、冷涼期の芝生の濃い緑色には決して達しない。
 より多くの人々がそれらの温暖期のタイプの芝を使うならば、我々は干ばつ問題を先に引き延ばすことができるでしょう。」と、彼が言う。「しかし、色の問題は、重要な制限因子となるものなのです。」
 このためバイルトは、リヴァーサイド校の15エーカーの実験区画の計画(州の学術的芝研究センター)で、芝のサンプルに自らの勢力を傾注させている。そこでは、様々な種類のメドウフェスクとライグラスを交配させている。
 ライグラスは、上を歩行してもそれに耐える丈夫さという有益な特徴とともに、米国民が好む深いエメラルド色を有している。しかし、これらは、高温、干ばつ、病気といった全ての自然の強さに対する抵抗力が欠如している。
 「我々がここで行っていることは、両者の世界の最高の組み合わせを目指すことなのです。」と、バイルトが言う。
 仕事は単調である。リヴァーサイド校の細胞遺伝学者であるアダム・ルカゼウスキは、3年前からこれらの草を育て始め、耐干性に向けて、ピンセットで指定された植物を除雄し、それから指定の仲間の花粉を振りかける。定期的なライグラスの管理を行い、生じた種子は、地面に植えられる。一旦それが確立されたならば、干ばつ状況をシミュレーションするために水補給が閉ざされる。
 「コントロール区では全てが速く黄ばみ始めました。」と、ルカゼウスキが言う。「他の区の草は、ずっと緑を保ったままでいました。」
 温室と研究室での更なる実験によって、最も頑強な草がフェスク由来の第三番染色体上のDNAと同じものを共有することが分かった。
 「それを持てば、そうなるということです。」と、彼が言う。「そうでなければ、萎れるだけです。」
 科学者はどの遺伝子が働いているのか分かっていなかった。おそらく彼らが管理する乾燥状況の下でより深く根を伸ばすルートグラスから、あるいは、植物の中で水分が使われる方法と関係しているだろうことから、潅漑なしでもより長く保つことができるということしか分かっていなかった。
 ルカゼウスキは、彼らの両親よりもさらに頑強な子供たちを作り出すために最高の交配の組み合わせを試行し続けた。バイルトは、先月、最新世代の個体を地面に植えた。彼はそれがカリフォルニアを始め米国にとって最良の選択の余地となる芝草になると楽観的に考えている。そして、それが一般に使用されるようになるのは、わずか3〜6年以内と考えている。
 他の芝研究者も、彼らのスーパー芝生候補を開発するための類似アプローチを採用している。
 オクラホマ州にある米農務省のサザン・プレーンズ・レンジ・リサーチ・ステーションで、ゴールドマンは、高品質のケンタッキーブルーグラスと高温耐性と耐干性を備えたテキサスブルーグラスの交配に5年の歳月を費やしている。彼は、東部及び中西部で成長することができるようになるハイブリッドを生み出すまでには、未だ少なくとも6〜7年かかると見積もっている。
 米農務省のゴールドマンの主要な目的は、家畜のためにより栄養価の高い飼料用の草を開発することにある。その中で、耐干性の芝生をつくるアプローチも確かに重要である。
 「特に今は、至る所で水問題が大きな問題になっているとき、それは明らかに追求する価値があることです。」と、彼が言う。
 国の芝プログラム計画の最上位に位置するラトガーズセンター・ターフグラスサイエンスの研究者は、関連性が少しだけある砂漠・乾燥地の植物から、高温耐性と耐干性に関連する遺伝子を探索している。
 有用なDNAを特定するために、彼らは逆境条件下で生長することができる植物から始めて、水を奪われたときに、スイッチ・オンになるような遺伝子を探している。それらの遺伝子は、バクテリアにコピーされ、継代が可能である。そして、その遺伝子を別の草に挿入する。科学者は、DNAを微細な金の小片にくっつけることもできて、目的の芝の中にそれを撃ち込むこともできる。
 ホワンの研究室では、イエローストーン国立公園の自然に熱い状況にある土地で育つ耐熱性のベントグラスの中から重要な光合成遺伝子を分離した。そして、彼女はそれをケンタッキーブルーグラスのような種に導入しようとしている。彼女は、その結果、より少ない水分で高熱に耐えることができることが芝の品質になってくることを望むと言う。世界中の同僚と共に、彼女はモデル芝に導入するための他の有用遺伝子を捜し続ける。
 このようにしてつくられるあらゆる芝は、遺伝子組換え体であることの汚名を背負うが、しかし従来の育種方法を通じて開発された何者よりも早く植える準備ができる可能性がある。
 「我々は、できるだけ早く何かを得たいと考えています。」と、ホワンが言う。「10年ならば問題なくそれが可能でしょう。5年では少しきついかもしれません。」


米国中西部の水不足は、本当に深刻な状況にあるそうなのである。庭の芝への水やり制限が既に常態化している。日本人ならば「水やりなんてやめたって平気」と思うだろうが、彼らのコミュニティ社会の目はそれをなかなか寛容してはくれないので、米国民にとって宿痾的かつ深刻な問題でもある。


そうした中で、より乾燥に強い芝生の品種の開発というのは、当たり前の社会ニーズのようにも思えて記事に目を通すのだが、前中半部分は、何だか昔ながらの開発手法(掛け合わせてよいものを選抜をする)を地道に行っていたりして、本当にこれで社会ニーズを満たすような画期的な品種が生まれるのだろうかと、首を傾げながら読んでいた。


そうすると、最後の方でようやくゲノム育種の話が出てきて、これ自体も今となってはさほど新しいというわけではないが、少なくとも『スーパー芝生』と呼ばれるような代物の出現可能性の現実味は一段と増したように思えた。


さて、その上で、記事中にある関係者並びに記者が言うような楽観的観測をわたくしが共感するかと言えば、わたくしは首を再び傾げる。それは遺伝子組換えだからかと端的に問われれば、半分はノーと答え、半分はイエスと答える。


まずノーと答えるその理由の部分は、遺伝子組換えと雖も、既成商品が膾炙している米国の話であり、かつ、人様が食べる話ではないので、ごくごく普通の米国民にとってのアレルギーはさほど多くないだろうと思われる。常套的に持ち出す「比較考量」という観点から言えば、水不足対策の方が彼らにとってよほど深刻な問題として植え付けられているのではなかろうか。したがって、遺伝子組換え即ノーということが理由ではない。


ではイエスの理由の部分は何かといえば、環境への影響についてどれだけの情報を収集しているのだろうかという点についてである。暑さや乾燥に強いと言うことはそれだけ雑草化の可能性が高いということでもある。そして、芝の花粉の飛び様は人的に制御しきれまい。


そういう中で、こうしたスーパー芝生が開発されても、(人体への影響がないことは通常の芝生との比較で想像しても明確な違いを想定し難いが、)芝生が野生化しても他の雑草を押し退けて優占種になったりはしませんということとか、花粉が飛んでも他の牧草や雑草と交配してどんどん遺伝子が拡散していきませんということとか、程度の差こそあれ極端に言えばそんなデータを挙証した上で世の中に出さないとえらい目に遭うことは必定であるわけである。


そうした諸々の手続きやデータ収集を想定していくと、通常の手法で作り出した品種よりも早く世の中に出ますよ、という想像はし難いというのが正直な感想ではある。当然、科学者連中はいろいろ考えてはいると思うので、外堀は徐々に埋まるつつあるとは楽観する部分もあるが。組換えかどうかは兎も角、「芝」を題材にすること自体が、ハイ・リスキーな気がしてならない。


本日の音楽♪
「リアウィンドウのパームツリー」(彩恵津子)