神秘的な事象に惹かれる感性が存在する以上は、そのフェロモンを団扇で煽って客寄せ商売を行う蒲焼屋が出現しても不思議ではない

久々のホームラン記事である。ホームランとは言っても、飛んでいったのはボールではなく、バットの方であったが。
日本の夕刊サン紙と双璧かと思われる英国はテレグラフ紙より。
http://www.telegraph.co.uk/foodanddrink/6230162/Is-biodynamic-the-new-organic.html

(仮訳)
◆バイオダイナミック農法は新しいオーガニック農法なのか?
月の周期に従って、農作物を育て、収穫することを唱えるバイオダイナミック農法が今、離陸をした。

 オーガニック(有機)食品は、現在、大変な不景気状態に陥っている。この急落前まで、オーガニック部門は年々着実な発展を遂げていた。しかし、財布の中身を意識した消費者がより安価なものへとその選択肢を志向し始めたことから、当該部門の売上は壊滅的状況を呈することとなった。
 オーガニックワイン及びパンの需要量がこの12ヵ月間で約半分になる一方、オーガニック野菜の売上高が5分の1以下に落ち込んだことが先週明らかになった。この売上高の低下は、今夏発表された食品基準庁のオーガニック食品レポートにおいて、オーガニック食品の栄養成分が通常食品と殆ど変わりないとの結論を出したことがその一因として挙げられる。
 そう聞けば、オーガニック革命からのスピン・オフとも言えるバイオダイナミック農法に今更首を突っ込むべきではないと読者は思うかもしれない。
 バイオダイナミック農法は、自然界全体の観点を包含するものである。それは、オーガニックの一部に定義されているが、生物多様性を含み、そして、最も謎とされる天文学の概念をも包含するものである。食物は、月の周期に従って、成長し、収穫され、消費される。
 バイオダイナミック農法自体は、新しいものではない。その基本原理は、1924年オーストリアの哲学者であるルドルフ・シュタイナーによって、一連の講義の中で概説されたのが最初である。この「スーパー・オーガニック」な枠組みを支持する者は、収穫、植付け、除草といった作業の最良日について、月が優勢(植物の樹液が上昇する)であるか、劣勢(活力が根の中にある)であるかどうかに従って決定付けられるのだと主張する。
 月が優勢、即ち上昇状態にある間、植物は活力で満たされる。そしてそれは、バイオダイナミック農法で言うところの、収穫最適期である。月の周期におけるそれとは別の2週間は、根菜類の解禁期である。月の惑星間での満ち欠けや十二宮に関して、より複雑な運用が施されている。
 最も目の肥えた食道楽の人間さえも、これを一種のファデイッシュ(食の狂信者)と捉えるかもしれない。しかし、バイオダイナミック農法協会議長のセバスチャン・パーソンズ氏によれば、誰でもバイオダイナミック農法による生産物の違いを実感できるのだと言う。バイオダイナミック農法の生産者は、DEFRA(農漁業省)認可スキームであるデメテル証明書を必要とし、これは、有機的に耕作し、生物多様性を促進させ、公正に取引をし、全体的アプローチについてコミットをするものであり、そして、月の運動を非常に重視する視点が求められる。
 「基本的にこの農法は、自然とともに働き、自然に逆らわず、最小限のコストで土地を最大限に活用することなのです。」と、セバスチャン・パーソンズ氏が述べる。「それは、この地球を守るための戦略でもあるのです。」
 多くのファーマーズ・マーケットで、売り子は直接口にしては叫ばないが、オーガニックとしての位置付けを保ちつつ、その農法の成果を見出すことができる(全国的リストについてはwww.farmersmarkets.netを参照)。尤も、今週末は、バイオダイナミック農法による食品の夕べとして、10月4日火曜日の次の満月に同調するバイオダイナミック農法について市民を教育する全国的な集会が開催される。
 月との関係を説明しつつ、パーソンズ氏は、バイオダイナミック農法が「通常のものよりも少しばかり豊かな栄養素を提供します。」と言う。「基本的に、それはより強い食物であることを意味します。つまり、より『ニンジンらしい』ニンジン、より『ジャガイモらしい』ジャガイモということであって、それはよりよい味がするだけでなく、より好ましい消化を通じて、次第により健康にするプロセスを兼ね備えているのです。」
 この驚くべき主唱者の1人が莫大な量の炭素排出の代償を払っている男性、元F1チャンピオンのジョディ・シェクター氏である。彼は、家族のためにバイオダイナミック農法に入信した。「オーガニック農法は何をすべきでないか、バイオダイナミック農法によって何をすべきかについて、語ってくれるのです。それは決して主流にはならないでしょうが、味がよくなるのかと尋ねられれば、私は、イエスと答えます。」
 シェクター氏のハンプシャーにある農場であるレーバーストーク・パーク・ファーム(www.laverstokepark.co.uk)は、食品の夕べの期間中、イベントを主催する。期間中、賞を受賞したバイオダイナミック農法の肉やバッファローミルクを生産し、それはウェイトローズスーパーマーケットで入手が可能である。ロンドンのセルフリッジスでは、ちょうど現在、彼のバイオダイナミック農法のバッファローモッツァレッラを£125グラムボール£3.50(これに対して通常のオーガニックでは平均£2.50)で売り出し始めた。
 オーガニック食品に対して最近ケチが付けられたわけであるが、バイオダイナミック農法を選択するための理にかなった健康増進効果というものが実際にあるのだろうか。食品博士のイアン・マーバーは、以下のように述べる。「そうしても、そうしなくても大差ないでしょう。中毒成分の総摂取量を減らすために、バイオダイナミック農法の食品を選ぶのでしょうが、それは長期的により有益であることが証明される持続性の原則に照らしてのことなのでしょう。」
 一方、この生命のリズムというアプローチは、食物ではなく、ワイン生産にぴたりと当て嵌まった。ドイツとフランスには、バイオダイナミック農法のワイナリーが、しばらくの間広く存在していた。ドイツのガーデナーであるマリア・トゥンは、よく知られた導師(グル)であり、彼女は18ヶ国の言語で40年以上の間バイオダイナミック農法カレンダーを発刊し続けてきた。マリアは、『果物』、『花』、『葉』、『根』の日を確認した。そして、それは庭造り、収穫、食べる日に影響を及ぼす。初めて、彼女はバイオダイナミック農法によるワインを飲む人のためのカレンダーを発表した。それは、月の周期を指し示すことで何を飲むべきかについて解説するものである。
 読者にはこうした話が狂人の戯言のように聞こえるかもしれないが、しかし、ビジネスライクに徹するスーパーマーケットでさえ、その概念を保証したのである。テスコ社とマークス&スペンサー社は、「果物」の日をワインテイスティングの最良の日と定め、「根」の日を最悪の日とした。気圧は月の段階で変化し、それは、味覚に影響を及ぼす可能性があるのだ。
 今月始めに、マークス&スペンサー社は、小売業者に対する初の試みとして、「果物」対「根」の日のワインテイスティングのイベントを持ち、月の周期が味覚に影響を及ぼすことを示した。イベントの終わりに、1人の批評家以外は、正しく、どれが何の日であるかについて正しく当てることができた。
 ロンドンのマイーダヴェイルにあるワイナリー所有者のデイビッド・モーション氏は、類似ワインの味覚実験をしてみるまで、バイオダイナミック農法に対して懐疑論者であった。ドイツワインを専門に扱うモーション氏は、転向者になり、バイオダイナミック農法のビンテージもの(彼の店ラベルに小さい緑の点が打たれてある)を貯蔵する。「「根」の日は、おいしいワインをまずい味にはさせませんが、「果物」の日は、ほとんどのワインがコルクから漂い、唄を歌っているのです。「ジャジャーン♪」とね。」初心者はラ・プティ・オース・コート・デュ・ローヌ・ビレッジ2007(£13.99)を試すようにと彼は勧める。それは強い野生の酵母と絹の味覚がするのだ、と。
 パーソンズ氏は、バイオダイナミック農法の原則を生活そのものに導入すべく、よりリズミカルに生きるよう提案をする。「寝る前に、歯を磨いて、パジャマを着て、本を読む、そのプロセスを確立して下さい。体がそれを覚えるのです。皮膚が夜の11時半頃にその更新を開始するので、その前に眠らなければなりません。脂肪過多のナイトクリームを塗ってはいけません。それは、あなたの皮膚の代わりにすべての仕事をしてしまうことを意味します。そして、皮膚は早くしわになります。もちろん、バイオダイナミック農法の食品をつとめて食べることを忘れてはいけません。」
 月に向かって吠える、実際にそうする必要はないのである。

◆バイオダイナミック農法の食品は、10月3日から10月18日までの二週間、様々なものが取り揃えてある(www.biodynamic.org.uk)。

◆「ワインが最高の味がするとき:2010年ワイン飲みのためのバイオダイナミック農法カレンダー」マリア・トゥンとマシアス・トゥン著(フロリス・ブックス)は£3.99でテレグラフ・ブックス社で入手可能。。。


「ああ、随分遠くまで飛んでいったねえ、…あのバット。」「場外ホームランですよ。」
バイオダイナミックノーホーなるものの真贋については、今更、深掘りはすまい。「どうして太陽ではなく、月の満ち欠けなの?」とか「落花生は果実の月で判定するの?根の月なの?」とか「創案者が哲学者って、それは一体どういう職業なんですか?」とか、社会科見学の際に小学生諸君が質問したいような事項は山とあろうが、立ち入り禁止区域に足を踏み入れてはいけない。記事の中でもエビデンスとなる挙証の何一つも意識的に取り上げられていない以上、反証しようがない。宗教の世界であれば、尚更のことである。今回は、彼らオーガニック推進派の主張を別の切り口から眺めてみる。


オーガニック食品は高い。何故高いかと言えば、それは供給側がフッかけているからである、と言ってしまえば身も蓋もないが、百歩譲って、購入側もその商品に相応の価値を認めているからである。所謂、付加価値。取引者同志の了解を得るためには、正しい(ここでいう「正しい」の意味は万人が納得しなくても当人同士で納得しあえる狭い世界での共通認識で構わない)情報共有が必要である。
ここまでは、当たり前の話。


さて、そこで、最近のオーガニック関係者がよく口にする言葉に「情報開示」がある。つまり、付加価値が本当に価値があるものだということを購入者側に正しい判断をして貰うための情報提供という意図で、関係者はこの言葉を強調する。
この際重要なことは、情報の中身が判断を行う上で当然に価値あるものであることであって、情報提供を行ったという行為そのものではない。しかしながら、一般的には誰がどこでいつ作ったといった基本情報で良しとされている。正直値段に適うほどのとても有用な情報とは思えない。


加工食品と比較してみればそれは明らかである。加工食品にあってこうした基本情報(製造日、製造者等)は法律で表示が義務付けられている。つまりその情報自体付加価値でも何でもない。生鮮食品がそういう表示の義務付けがないからといって、義務ではないが特段表示してみましたということを価値付けるのはおかしな話であり、そんな情報自体当たり前だと思うのが当たり前の受け止め方であろう。


そこで、とりわけオーガニック食品に関して言えば、有用な情報は、外形的には農薬や化学肥料を使っていないことのエビデンスであって、内在的には通常食品よりも優れている点の具体的なメリットの開示であろう。後者には表示法制度の縛りがあるにせよ、生産者の顔写真だけでそれら全てを保証しますというのでは余りに乱暴に過ぎると思われる。
ましてや、例えば、「今年は雨が少なくて小粒の果実しか収穫できませんでした。」という情報などは、産直でやり取りする手紙に添えられた時候の一文であればまだしも、商業取引における有用情報とは言えまい。むしろ言い訳、あるいは、価値判断を惑わす意図的情報操作ではないだろうかさえ邪推する。


要すれば、最近の「顔の見える」何とかいう風潮は、それを付加価値として売り出す手法も宣伝手法の一般論としてアリだとは思うが、ことオーガニック食品に限って言えば、それが特段のインセンティブになる理屈というものがよく分からない。今回の記事の「果実の月」などを読めば一目瞭然の通り、少なくとも、大半はサービス大盤振る舞いの振りをして、一方的な情報(それも購入側にとって益ない情報)の押しつけ押し売りであると、わたくしはそのように受け止めているのである。価値を押しつけたいのならば、説得的な意思を持った情報を開示すべきだというのが本日の当たり前の結論である。


本日の音楽♪
黒いオルフェ」(デクスター・ゴードン