熊の皮算用(その1)

奈良漬け目当てで二度に亘り三度までもこっそり民家に忍び込み盗み喰いをしたばかりに、地元猟友会の面々から命を付け狙われるようになってしまった熊君の身の上が案じられてならない。奈良漬けの香りが余程誘惑的ではあったのだろう(生憎わたくしは漬け物拒否症)。


香りとはかようにも、或る意味蠱惑的かつ強烈であり、例えば、団地住まいの若奥様が何の気なしに今晩はアラビアータにしましょうかと本格調理をする時は余程の覚悟をする必要がある。団地全体がカ●リチョーザ状態になる。世の中には大蒜アレルギーの住民もいるやもしれない(わたくしは大丈夫)。


夕暮れの帰り道の軒先から漂うカレーやきんぴらやサバミソ煮や筑前煮やらの香りもアラビアータほどではないが、人々の家路を急がせるには十分すぎる効果を併せ持っている。最近はそうやって世の家人を意図的に誘引しようとする場面が減ったように思うのは気のせいか、どうか。


茹で立てだよと店の親爺さんが持ってきた枝豆をおいしいねえと頬張りながら、「何だかこの匂いは夜通し履いた靴下の臭いのようでもあるねえ。」と言って、顰蹙を一手に買ってしまった覚えがある。


今となってはすこし旬を過ぎようとはしているが、例えば、近所の雑木林に夜出掛けて、熟したバナナと黒蜜くんと缶ビールの残りを混ぜたモノをクヌギとコナラの樹にすりつけておく。このバナナと黒蜜とアルコール類の芳香族の香りに昆虫たちはたまらない。カブトムシもゴミムシもカナブンブンもスズメバチもジャノメチョウも我も我もとやってくる。彼ら昆虫にとって、決して覚○剤のようなものではない。


あのゴキブリほい●いには粘着トラップとともに誘引剤らしきものがその装置内に仕掛けられている。その臭いを嗅いでみたところ、カツオブシのような香りであった。カツブシそのもの?性フェロモンではないのかしら。何でそんなものを嗅ぐ機会があったかというと、或る夜、わたくしの家族の部屋で一匹のゴキブリが発見されたのだそうである(私はその場に不在であったため仄聞)。


飲食店を経営しているわけでもなし、そこそこの高層階に居住している環境からして、たまたまの飛来強襲ではないかとわたくしは考えるのであるが、当該部屋の住人は気が気ではなく、自分のポケットマネーを叩いて(バ●サンではなく))ほい●いを購入してきたらしい。


そのため、わたくしがそのキットを久々に手にする機会があったというわけであるが、通常はゴキブリの通り道と思われる家具の隙間や壁沿いにその装置を設置するのが常識的ではないかと思われるところ、当該部屋の住人は何を思ったか表の玄関先にそれを設置していた。呼び鈴を押して正々堂々玄関から侵入してくるとでも思っていたのであろうか。


キットを手にして首を捻るわたくし。思わず中の誘引剤の臭いを嗅いでしまうわたくし。
日頃から科学だ何だと五月蠅く言っているその割に、我が家で科学的素養を以て話を出来る人間が少ないこのお粗末さ加減、誠に灯台下暗し、紺屋の白袴の為体ではある。


本日の音楽♪
「シャナナナナナ」(DICK LEE)