Creepy-Syndrome

文明の進展なのかグローバル化の所産なのか、耳新しい疾病がどんどん登場をする。それは文字通り新興の感染症であったり、昔からあるにはあったが定義の上で明確化された境界線の疾病であったり、未だに本当にそういう(名称どおりの)疾病が存在するのかどうか定かでないものも中にはある。
本日の話題は、「むずむず脚症候群」。
これはどちらかと言えば、第二に記した最近「再定義された」昔からの疾病といえそうなもので、漸く市民権を得つつあるようではある。WIKIの解説が分かり易い。
わたくしも幼少の頃に大変に悩まされた症状がまさしくこれであった。

むずむず脚症候群」はヨーロッパでは17世紀からこれに相当する病気の報告があり、1960年になり米国のエクボン博士により同博士の名前を取って、「エクボン症候群」(Ekbom Syndrome)と初めて名前が付けられた。日本では1997年に日本睡眠学会に米国より現状調査の依頼があり、日本国内で俄かに注目されるようになった。

ひとめ疾病名称は奇異感が否めないが、症例を的確に表していると言えば、言える。

自覚症状としてはじっとした姿勢や横になったりしていると主に下肢の部分に(患者によっては、脚のみならず腰から背中やまた腕や手など全身にまで現れる)「むずむずする」「じっとしていられない」「痒い」だけでなく、「ピンでなぞられているような」「針で刺すような」「火照るような」「蟻やミミズなどの虫が這っているような」などの異様な感覚が現われ時には「振動」のような感覚まで感じたりする場合もある。また「激しい痛み」を感じるなどさまざま。この苦しさは「脚の中に手を突っ込んでかき回したいぐらい苦しい」と表現する患者もいて、この症状の辛さを表している。
このむずむずとした不快感や痛みなどの不快な異常感覚・身体症状が下肢や腰・背中・腕などに出現するため、患者はこれを抑えるため常に脚を動かしたり身体をさすらなければならない状況に追い立てられる。

わたくしの場合は、とても柔らかな虫が静かに蠢いているような体の内部での不快感で、明確な痛みや痒みとは明らかに異なる独特の不快な感触である。それが次第にじっとしていられなくなる。
特に、幼少時、床屋の椅子に座っている時に発作を起こしやすかったことを強く覚えている。自己暗示か何かのせいなのだろうか。学校の教室ではいつも何ともなかったのに、床屋の椅子の上では、本当に困ったことに、途端にむずむずもじょもじょと腰骨の付け根のあたり(表面皮膚ではなく体内だから尚更厄介なのである)に不快感が広がってきてじっとしていられなくなる。脚を延ばしたり叩いたりして不快感を誤魔化そうとしても、次第に腰一面、下半身全体に不快な感覚が拡がってゆく。静止状態はとてもでないがままならない。


家の向かいにあった床屋の若主人は、川崎敬三似の穏やかそうな、それでいてどこかに癇性を抱えた神経質そうな人であった。わたくしが、椅子の上での静止を我慢できなくなるたびに、主人は鋏の手を休める。次第に半べそをかき始めると、床屋の主人は、困ったような苦虫を囓ったような顔をして、散髪作業を中断し、わたくしに「家にお帰りよ」と促した。泣きながら、道路を渡り、家に帰る。両親は「またかい」弱ったねという顔でわたくしを出迎える。散髪が途中段階で終わってしまった中途半端な髪型を見て、わたくしはもう一度家でさめざめと泣く羽目に陥るのである。


発作は床屋内で頻発したが、導眠時の布団の中でもときどき発作を起こし、寝られない状態に悩まされた。月に数度程度の発作であったと思うが、この症状が出ると大変に気分が暗くなり(というか、悲観的気分に陥り)そうなることを畏れた。当時定番で見る「怖い夢」というのがあって、具体的なイメージを文章表現化することは到底容易でないのだが、そのオリジナルな怖い夢と並んで、もじょもじょ状態が夜の二大恐怖であった。
なお、原因については、

正確な原因は不明だが、これまでの研究は
神経伝達物質であるドパミンの機能低下
・中枢神経における鉄分の不足による代謝の異常
・脊髄や末梢神経の異常
・遺伝的な要素
などが考えられている。

との由。
幸いにも成人になってからは、ほとんどこの発作には襲われないが、家人が時にこの症状に悩んでいる。つらさは理解できるが、足をしゅりしゅりとさすってあげることしかできないので、何とも切ない限りではある。
尤も、対処療法は次第に確立されつつあるようではある。


本日の音楽♪
「私鉄沿線」(野口五郎