数学入門(初中級編)

前回取り上げた『数学でつまずくのはなぜか』(小島寛之)(8月29日付け「数学入門(中級編)」参照のこと)に引き続き、同著者の『無限を読みとく数学入門』(角川ソフィア文庫)を読了。


本書テーマ内容である「無限」に関する理解度合の難解さの割に、著者の情緒性やエンターテメント性がより強く反映されているという意味において、前書よりも一般人にはとっつき易いのではないだろうか。


本書は、この「無限」を巡る数学者達の歴史的な議論に関する解説に始まり、積年の壁を破るべく無限集合論に挑んだ天才数学者カントールの物語、そして最後に著者の創作小説の形で主に構成されている。
「無限」を巡る歴史的な議論については、文句なしに面白い。高度な内容を分かり易く、それでいて深く掘り下げて語る著者の才能・センスの独壇場である。これは、正直なところ、人気作家の予感がする(もう充分に売れっ子なのかもしれないが)。


数学者達の歴史の一つの結実が、実は、カントールについての物語なのであるが、著者の思い入れが大変に籠もったカントールを巡る人生ドラマの悲劇性については、もう少しドラマチックな味わいが欲しかった。著者の思い入れだけが少し先走っている感じ。
サイモン・シンのようなジャーナリスティックかつ多角的な視点構成が欲しいと言えば、贅沢に過ぎるか。


創作小説については、小説自体の巧技はともかくとして、これをアニメ化すれば、大変善い数学教材にもなりそうである。間違っても、どこかの新興宗教団体が作ったプロパガンダ映画のようにしてはいけないとは思うのだが、ジブリ作品辺りで取り上げれば面白い(鉄コン筋製作委でもよい)。
青春アニメの主題が難解な「チューリングの計算不可能性定理」だったというのは、相当に新鮮に映るのではないか。


著者が冒頭に記しているように、例えば、
「0.9+0.09+0.009+0.009+…=0.999999999…=1」
という数式を学校で学ぶが、わたくしも昔からこれには違和感を持っていた。
「どうして、0.999999999…=1になるのでしょうか?」という質問に対して、「限りなく1に近づくからです」という答えが返ってきて、「でも、やっぱり1そのものにはならないですよね。」と反駁すると、最後は「そういう決まりなのです!」という答えが返ってくる。これは数学を教える態度としてどうなの、と疑問に思っていた。そういう決まりがあるのなら、そういう決まりを形作る定理を最初に教えるのが筋というものだ。


古代中世の人々が恐れ、誰も触れようとしなかったこの「無限」は、しかし神ではない。カントールが禁断の扉を開き、捕捉したと思われたこの「無限」が20世紀になって再びその不可能性を指摘される。しかし、不可能=神ではない。
この「無限」を巡る物語を通じて、数学と哲学と論理学の融合による新たな世界を垣間見ることができる一方で、このアカデミアの世界というものは明らかに宗教や神のそれとは一線を画していることをわたくしは素人ながら実感をする。


なお、著者の語る話は、数学者の物語だけにとどまらず、時間を巡る哲学や、果てはケインズ経済学にまで広範囲に及ぶ。宇沢弘文先生に師事をしていただけのことはある。従前言われているものとはひと味もふた味も違うケインズの主張の解説も新鮮である。


本日の音楽♪
「星に願いを」(ジューン・クリスティ)