アメリカから来ました

いつものように尾羽打ち枯らした姿でとぼとぼとぼと帰路についていた時のことである。電灯も届かない薄暗い夜道の先に、何か黒い固まりが蠢いて匍っているのを発見する。大きさは手のひら大ほど。昆虫にしては大きすぎる。その動き方は、カニかカメかカマキリかの様に、何かぎくしゃくとして、壊れた機械のようでもある。わたくしは最初それを目撃にした時に、椰子ガニか何かかなと直感をした。しかし、近隣には椚や桜の樹こそあれ、椰子の木はない。ここからでは海も遙か遠い。何よりもここは南国の島ではない。おそるおそるその黒い物体に近付き、掴まえてみたところ、土まみれで真っ黒になった大ぶりのアメリカザリガニであった。ハサミをかしかしと振り上げて、いたく元気なアメリカンザリガニである。どうしてこんな水生生物がこんな道の真ん中を横切って歩いているのか。南国の島でない代わりに、水のあるところからも随分遠い。(※その水のあるところとは、以前に記したこともあるが、わたくしの家で昔飼っていたアメリカザリガニ群の処理に困って、こっそりと放してきたことがある、庭園内のあの小さな人工池のことである。発見場所からは直線距離にして数百㍍の距離がある。)このままでは乾涸びて彼の身の安全は殆ど保証されぬと思いつつも、庭園内に忍び込み、あの人工池に行くことは不審者の烙印を貼られること必定と考え、窮余の策として、その池とは別のところにある、道から少し外れた大きな木の袂にあるコンクリで囲まれた用途不明で常に水を少し湛えている小さな水溜まりにそのアメリカザリガニを放した。身の安全の保証度合いが格段に高まったわけではないと思うが。命の恩人ということにもなるまいか。夜中に突然、家の玄関をかしかしと叩く音がする。玄関を開けると、外には赤黒いとても大柄な青年が立っている。「トツゼンデスガ、ヒトバン、トメテホシイノデス」と言う彼の日本語はたどたどしい。そして、彼の体臭はどうにも生臭い。もろ、奴じゃん。一宿一飯の恩義にあの大きなハサミで肩でもトンテン叩いて貰おうかな、などと不純な動機を抱えつつも、わたくしは彼を家に招き入れる。アメリカザリガニ君の田舎へ泊まろう!、そして、だが、なんてところにボクを放してくれたんだよ、大変だったんだぞぉ、こうなったらアイツに仕返しだ!池に入れられた連中もみんな一族郎党連れてやって来い!復讐だ復讐だ!の物語である。。。かしかしかしかしかしかしし。。。
それにつけても、あの夜道のアメリカザリガニは何処から現れたのだろうか。

本日の音楽♪
「哀しき妖精」(南沙織