美味礼賛

「全国まずいものマップ」(清水義範筑摩書房)のバスティーシュさ加減がわたくしは好きなのである。最近の世の中の傾向からすれば、過激さを好む向きにはもう少しハチャメチャな味付け加減を所望する者もあるやもしれないが、こういった嘘偽りに塗り固められ、虚飾に充ち満ちた、毒のある世界というものを、安易に狂気に陥らず、ひたすら真摯なルールに則って書き上げようとするこの作家の愚直さがわたくしには好感が持てる。余程頭の良い作家でもある。


表題作は途中から次第に虚構の世界に飛び込んでいくのであるが、最初の方はノンフィクションである由。世の中には本当にまずい食事というものが実在する。
わたくし自身の実体験の中で、まず一番に思い出されるまずいものは、某勤務地で働いていた際の社食。どんなメニューであったか詳細は思い出せないが、ともかく不味かった。ご飯はぱさぱさで変な香りのする古々々…米。味噌汁は味が薄い割にいつも妙に生臭かった記憶がある。おかずは妙に脂っぽいものが多かったと思う。百席ほどある食堂内はいつもがらんとしていて、皆、外に食べに行っていた。わたくしも外へ行けばいいものを何故か懺悔の気持ちでその社食に足を向けることが多かった。閑散とした店内で朝の連続ドラマの再放送が無意味に垂れ流し放映されていた光景を思い出す。


それと、都内の某有名観光地。アーケード内にある繁盛していそうな大きな食堂で食べたお勧めメニューのエビチリ定食。劇的に不味かった。甲殻類は鮮度が落ちると凄い臭いを醸すのであるが、それに加えて、パンチのない変な味の酢とケチャップの味が混ざり合って、それは絶妙の味加減であった。よくぞ腹を壊さなかったと言える。何年か後にその店の前を通り過ぎたら、別の店になっていて、ほっとした。


大体、海のもの系は美味しいがリスクが高い。新幹線の駅の地下の食堂街で同僚と食事をとった際に、彼はサービス期間中はウニを特盛りという海鮮丼をオーダーし、食していたが、大食漢の彼にして箸を止めた。「なんか、不味い。」というので、わたくしが少しばかり口にしたところ、炎天下で様々な有機物が入り交じった磯だまりの味が口の中に急速に広がった。程なくして、新幹線の中で、彼は腹痛に襲われた。少し食べただけのわたくしは難を逃れた(胃丈夫なのか)。


生臭い系が続いたが、最南端にある県で、県内一うまい店と言われるソーキそばの専門店に連れて行って貰ったことがある。車に揺られてどんどん辺鄙な方面に導かれ、ヨク分からぬ土地にあるたいへん地味目の店であった。県内一というから、どんなに美味しいのかと期待して行ったのであるが、流石に不味くはないが、普通の味であった。
それはそれとして、その後、普通の店で普通のソーキそばを食べる機会があったのであるが、「もう、結構ッス」。やはりアノ店が県内一であったのね、と改めて思った次第。


本日の音楽♪
「SHA・LA・LA」(GO-BANG'S )