Bad Science

科学者Ben Goldacreの名物コラム「bad science」。ガーディアン紙にも定期連載をしている。
http://www.badscience.net/
彼のwebsiteの中から話題を1つ。

◆スティーヴ・コナーは怒れる男だ(2009.7.1)

我々は今晩、パブで会合を催すこととしている。どなたでも参加自由、一般公開もしている。討論のテーマは《科学ジャーナリズム》について。この時点で明白なことは、どうやら科学ジャーナリスト達がこの会合を大目に見てはくれていないということだ。

よくあるテーマでのサイエンス・カフェ(酒場で行うサイエンスコミュニケーション活動)の一種である。この会合に関して、ジャーナリストの一人が噛み付いたらしい。怒れる勇者の名前は、スティーヴ・コナー。インディペンデント紙の記者のようである。

http://www.independent.co.uk/opinion/commentators/steve-connor-lofty-medics-should-stick-to-their-day-job-1724485.html

高額報酬を伴う医者ならば、自らの日雇い労働についても支持を表明すべきだろう(スティーヴ・コナー)

◇医者はメディア報道が「怠惰で、金銭ずくで、愚かな」ものだと主張する(2009年6月30日(火)インディペンデント紙)

科学ジャーナリストの会の第6回世界会議がロンドン市内で現在開催中である。私は前回までの5回の会合には顔を出していないので、この会合によって私の生き方が変わりましたといったお話は口にできないものの、今日の科学ジャーナリズムに対する固定観念といったものを多くのお医者連中が腹に抱えているという事実を改めて認識した次第である。
科学ジャーナリストの恥部を指摘するベン・ゴールデーカ博士のBad Scienceというウェブサイトによれば、公衆衛生に対して何らかの深刻な危害を及ぼす可能性が明らかであるとの提示がなされた場合に、我々ジャーナリストの中の何人かは、問題の鍵となる事象に関して必ずしも適切とは言えない対処方法を記述することがあるという。ロンドンのパブで昨夜会ったその医者は、その理由について、「主要メディアの多くが科学の範囲を逸脱しており、紛らわしく、危険で、怠惰で、金銭ずくで、愚かであるから」との説明をしてみせた。発言をした三人の医者は、全員が公的セクターからの報酬で生計を立てているが為に、主要メディアの裏に流れる或る種の圧力や金銭的制約といったものに晒される心配がない。しかし、彼らはそれでも、永遠なる感謝のための「最良実践ガイドライン」の一部を踏襲すべきとの助言を恩着せがましくも受け取るといったことは決してない。
尤も、彼らの傲慢は、今に始まったものではない。特に医者というものは、彼らの職業に関するメディアの報道に対しては、患者に対して神のような態度をとるのにも似た高圧的な態度というものを常に崩さない。彼らの職業がはちゃめちゃなもので、危険で、怠惰で、金銭ずくで、愚かしいものであるとは、私は敢えて決して口にしようとは思わないけれども。

たいそうな怒りようではある。自らの活躍フィールドであってアイデンティティそのものでもあるところの(科学)ジャーナリズムに関して、彼らは公正中立性を毒されたことに怒っているのか、はたまた、能力的に劣っているとの指摘に対して憤っているのか(おそらくその両方)。
こういうプロトタイプ的な怒り方は、往々にして視野狭窄の足下を掬われやすいのではあるがね、と思いつつ、早速次に、サイエンスに従事する側からの反撃である。

彼らが我々のこの手紙を公表するかどうか興味を持って見守りたい。


拝啓

皆様のお仲間である科学ジャーナリストのスティーヴ・コナー氏は、激怒しています。科学ジャーナリストがしばしば怠慢で不正確であるという問題を討論すべく、私達がパブで小さな市民集会を開こうとしていることに対して、であります。彼は日付を間違って認識されているようでして、会合が既に行われたもの(まだ開催していません)と言及しています。また、私達を3人の医者とも言っています(そのうちの1人は確かにそうですが)。そして彼は、私達が時代遅れな事柄をさも大切にしようとする尊大な医者そのものであるかといったステレオタイプの既成概念をも呼び覚ましてくれます。
実際に私達3名は、良質な情報に基づいて、患者に対して情熱的に接し、彼らの健康についての何らかの判断を下すことが可能です。人々は、しばしばメディアに対してこの種の情報を求めます。残念ながら、市民は、科学と医療の分野におけるMMR、性的健全度、癌予防といった多種多様なテーマについて、ジャーナリストを通じて、繰り返し、かつ、組織的に惑わされ続けてきました。
私達はこのことが公衆衛生に対する深刻な脅威をもたらし、お堅い真面目な新聞社でさえもそうした問題が過小評価されていることを大変残念に思っています。私達の会合はオープンです。スティーヴ・コナー氏が私達の会合に出席することは自由であって、ご来場を心から歓迎したいと思っています。

敬具

ボーン・ベル、ペトラ・ボイントン、ベン・ゴールデーカより

ジャーナリストが怒る時というのは、ホメオパシー医に対するものと同じ感情を持つようではある。

必ず最後に苦く強烈な皮肉を効かせる英国人。
なお、これには、追記がある。

7月2日更新

以下は、インディペンデント紙の投稿担当エディタであるガイ・ケレニー氏宛の私からの電子メールである。私は主要メディアがこうした問題を議論することにあまり過敏に反応することは恥ずべきことだと考えている。そして一方で、彼らが自らの業務に本当に真剣に取り組んでいるとも思っている。それはさておいても、しかし彼らが我々の手紙を公表しない時には、大いに恥じるしかあるまいが。


やあ、どうも。
私達3人からの手紙を公表した方がよろしいかと思い、メールした次第。私達は、非常に深刻な報道に基づいた科学と健康に関するミス・リーディングの問題を取り上げることによって、患者と市民が自らの健康についての判断を適切に行うための良質な情報に接する必要があるということを常々強く指摘したいと思ってきたところだ。
残念なことに、メディアは健康と科学の報道において重大な間違いを屡々引き起こす。我々はこのことを議論するためにパブで小さな会合を開くことが到底理不尽なことだとは思っていない。寧ろ、科学ジャーナリズムという職業において、我々が議論しようとしているような問題に直面としていること自体をジャーナリズムが自覚していないことこそが問題の一部なのだと思っているということだ。
だが残念なことに、その良い例が、繰り返し誤った事実に基づいて書かれているスティーヴのこのコラムなのさ。悲しいかな。彼は未だ開催されていない会議での出来事の話をして、そうではないのに、我々が皆医者であるかのようにも言っている。そして、公衆衛生に関する誤った報道が重大なマイナスの影響をもたらすという我々の懸念に対して、記事では何も対応策が示されていない。私は独立性中立性こそが重大な関心事としての社会正義及び患者の権利拡大の問題に直結するのだと考える。
私はスティーヴの仕事が好きだし、お互い滅多に逢うことはないのだけれども、そして、個人的にどうこう言うつもりもないのだけれども、貴君が事実の不正確を修正するいい機会だとは思うし、この手紙を公表することで深刻な問題を簡明に伝えることができるんではないだろうか。
私の希望を了解しているペトラ・ボイントンとボーン・ベル両氏にもコピーを渡してあるよ。
ベン

翻って、これだけ個人発のメディアが発達してくると、既存メディアの優位性(大勢に敷衍する武器媒体を保有している)は些かその特性を発揮しづらい点も多くなってきたように思える。本件に関しては、少なくとも、議論の帰趨として、大人げない怒り方をしたメディア側が守勢に立たされていると観客達は客観的に判断をしている。そして、そういう判断がなされる場が存在するということも既存メディアにとっての獅子身虫だろうと類推をする。
さて、どういう顛末に落ち着くか。


本日の音楽♪
「Hurry Up」(湯江健幸