精神の異常と正常のはざま(DSM-Vに向けて)

2009年5月26日付LAタイムズ紙より。
http://www.latimes.com/news/nationworld/nation/la-sci-mental-disorder26-2009may26,0,3081443.story

(仮訳)
精神衛生バイブルを書き直す精神科医たち

『一般には「DSM」と呼ばれている精神疾患の診断用マニュアルについての改訂作業が現在行われている。専門家は、何が障害で、何が通常の人間行動の範囲内であるのかについて決めなければならない。』

精神疾患者は衝動を抱えているか?夜中に過剰に食べてしまう習慣はどうなのか?インターネット中毒はどうか?それは診断が必要で、処方をしなければならないものなのか?
精神衛生に関するテキストの中で最も影響力のあるものの公表に向けて、精神科医たちは何千もの複雑で論争の的になりがちな質問を自問自答のように繰り返している。
その答は、米国人の精神衛生をどのように評価、診断、処方するかの決定版になるものである。
今後18ヵ月間にわたり、精神科医は全米精神医学協会の精神疾患診断用マニュアルの第5版(一般に「DSM-V」と呼ばれる)の改訂に向け草案を検討する。年次総会では、例年になく白熱した議論が行われ、明確な予兆が炙り出された。
一部の精神科医は、人間行動の正常範囲を医療対象とすることのリスクについて警告を鳴らす。他方、必要とする人々の治療を導くためには、対象は十分広いものでなければならないと熱心に主張する者もいる。
尤も、いわゆるバイブルというものが、1994年に公表された最終版(DSM-IV)以上に微妙かつ科学に基づいたものとすべきということについては、全ての精神科医から期待をされている。
脳イメージング等のテクノロジーは、多くの障害についての生物学的遺伝的要因に関する新しい知識を増やし、多くの精神的な苦悩の重要な変化を記述することをほとんど可能にした。
「それは変化の程度によっての制約を受けません。」とデビッド・J.クプァー博士(DSM-Vタスクフォース委員長、ピッツバーグ大学西洋精神科研究所の精神科医)は言う。
更に詳細な障害の内容を記載し、「古典的な」病気の一部とは認められてこなかったバリエーションを認め、年齢、人種、性、文化及び身体的な健康に基づく諸条件によってどのように症状が異なるかについて説明ができるようになると、クプァー博士は述べる。
テキストの計画はほぼ10年前から始まった。先週、そのリーダーからこれまでの経過報告がチーム内に届けられた。彼らは、2012年に出版予定のテキストが、単に最悪ケースや典型的な診断症例のみならず、真に人々の生命と精神の複雑さをよりよく反映したものでなければならないということを強調した。
現在の版に対する批判者は、現に多く存在し、彼らは、劇的な閾値に達した時に限って診断を考慮に入れることこそ重要ではないかと主張する。
「我々は改善することができることを本当に望んでいるのです。」と、クプァー博士は言う。「それは我々が患者の皆さんのお世話をするよりも、より良い仕事をする助けとなるものでしょう。」
精神医学に関する統計書として1952年に登場以来、このテキストは世界中で使われ、13の言語で利用可能になるまでに進化している。現在では、精神科医のみならず、内科医、一般開業医、心理学者、ソーシャルワーカー、法廷における診断、多くの精神的行動の治療を導く教育専門家にも用いられている。DSM-IVは100万部以上販売された。
DSM診断を受けることは、自閉的な子供が公共学校機関からのサービスを得たり、成人が会社の中で反差別法を適用され得ることを可能にするものである。
健康保険会社では、料金の支払いの根拠にも使われている。
一方、新しいテキスト作成に携わる人々が製薬業界からの影響の可能性の疑いを指摘する声もあがっている。この20年のあいだに、精神障害を治療するために薬物が利用できるようになり、一部の医者からはテキストが薬物治療の市場を拡大するために作成されているのではないかという懸念の声もあがっている。
研究はPsychotherapyジャーナルのオンライン版最新号で発表され、双極性障害統合失調症及び主要うつ病の治療のための臨床診療ガイドラインの執筆に携わった20人の精神科医の作業グループメンバーのうち、18人が業界からの財政的な支援を少なくとも一つ以上受けていることが判明した。
5月7日付けのNew England Journal of Medicine の論評では、DSM-Vタスクフォース委員の56%が業界との結びつきがあると報じている。
DSM-V委員は、委員会の任期中は業界から年間一万ドル以上受け取らないことに同意することを含む利益相反規定を遵守するよう言い渡されている。
「けれども、それは十分うまくいっているとは言い難いものです。」と、マサチューセッツ大学準教授・臨床心理分析学者グループ(APA)リーダー・臨床心理士のリサ・コスグローブは言う。「全ての人が業界と結び付く作業グループが現在あります。そこからは真の進歩がなされるとは到底思えません。」
他方で、やがて公開される最新版の潜在的落し穴に関係なく、精神医療に携わる専門職の多くの者がこう言う。現在のDSMは、ある障害、障害のより緩やかなもの、あるいは、明らかに診断可能な障害に際して、他の問題のヒント以外に彼らが会っている人々の領域を必ずしも解説していない、と。
「実際、灰色の領域はあります。」と、ウィリアム・E. ナロー博士(DSM-Vタスクフォースの研究ディレクター)は言う。
最新バージョンでは、医者がより複雑な処方を作成することを助ける。例えば、不安や衝撃的な要素も示さない落ち込みの基準に役立つかもしれない。
また、気分障害は厳しいものから穏やかなものまで幅広く変動します、とジャン・フォーセット博士(13のタスクフォース委員会のうちの1つである気分障害タスクフォースグループ長)は言う。うつ病性障害における9つのリストされた徴候のうち、4つに該当する人は、6つに該当する人よりも煩わせられ、身体障害者になることが可能である。
「我々は、生命的に見て愕然としている状態の人を差して、それを落ち込みとは呼びたくありません。しかし、我々は、<何か>を逃したくもありません。」と、彼は述べる。
より微妙な変化に注意することは、医者とセラピストが最も初期段階において障害を認めることにも役立つ。その際、彼らが穏やかに処方するか、予防的に対応するかが容易になる。精神科医は特に前駆形を確認することに興味があり、双極性障害統合失調症や痴呆といったような障害における最も初期の徴候に興味があるものであると、ウィリアム・カーペンターJr.博士(メリーランド大学精神障害作業グループ長・精神医学教授)は言う。
例えば、肥満といった現代を反映する変化が、精神障害のリスク因子と看做される可能性がある。とりわけ、医者が彼らを処置する前に、心因的な健康状態の有無に関して十分にスクリーニングされているかどうかを判断して、肥満手術を回避することの手助けとなるかもしれない。
「我々は、肥満が身体の障害におけるリスク因子であって、おそらく精神障害におけるリスク因子の可能性もあるだろうと認識しています。」と、クプァー博士は言う。「作業グループでは、DSM-V.において肥満をどのように取り扱うべきかについて十分な時間をかけてきました。」
ギャンブル癖、常習性欲癖、インターネット中毒といった以前は意志の力で悪癖を破ることができると考えられてきた有害な習慣が、今後病気に分類されるかもしれない。
「それは、本質的な問題でありません。」と、クプァー博士は言う。「問題は閾値に見合う十分な証拠があるかどうかということなのです。」
APAのリーダーは、彼らのこれまでの議論の論点を纏め、協会ウェブサイト(www.dsm5.org)にその経過報告を掲示した。
会議は木曜日に終了するが、改訂作業に向けた議論と調査研究はさらに18ヵ月間続く予定である。最新版は、精神科医の机の上には着陸せず、「15年後に又会おう。」と言って更新されていくことになるだろうと、タスクフォースメンバーは言っている。

批判派は利益相反という入口を問題視し、推進派はエビデンスの有無を重視する。なるほど。どちらが間違っているとは言わないが、性悪と性善の考え方の違いでもあるようだ。精神を探求する求道者からしてそういう根本的な違いがあることは、大変に興味深い。ところで、日本は改訂を待っているだけなのだろうか。素人ながら、精神の正常と異常の境界線は好奇心を擽るテーマではある。


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