試金石

大学1年の頃である。今からどれだけ昔のことであったのかは、この際ここでは関係ない話である。

英語の授業であった。

前後の脈絡は全く覚えていないが、こんなような英語の簡単な文を訳すよう指示があった。

It will serve as a test.

模範訳としては、”それは試金石となるものであろう”といった感じか。

学生の一人が”それはテストになろう”と答え、教官が、「テストという言い方では味気ない。a testには、もっと適切な単語があるだろう。」と質問をした。

学生は首を傾げ、教官は他の学生を指名した。

しかし、次の学生も答えられず、幾分いらいらを募らせた教官は、「誰か答えられる者はいないのか。」と全員に問うた。

教室内の誰もそれに答えられなかった。

教官は「試金石という言葉があるではないか。」と述べると、誰もが「シキンセキ???」という反応しかしない。

その反応を見た教官は、心底呆れた顔で黒板にその字を書き殴り、「試金石という言葉を知らんのか。」と間近の学生に激しく問うた。

学生は、「初めて聞きました。」と大真面目に答えた。

皆が一様に頷いた。

教官の嘆きの大きさは、今におもえば、察するに余りある。

今でもあの呆気と軽蔑と哀れみと悲しみの入り交じったあの表情を忘れない。

かくいうわたくしも教室内の学生の一人であって、その言葉を初めて聞いた表情で真剣に頷いていた。

本日の結論。

したがって、現在、分数計算の出来ない大学生が居たとして、わたくしはかれらを責める資格はないということである。

無知の知である。

漢字の読みを間違えたくらい何だというのか。今から学んでも遅すぎることはない。


◆補筆
2月17日付け「経済の素人は再び考え、三度首を捻る」において、バイ・アメリカン条項WTOルールに抵触するかどうかについて、「即違反ではない。曖昧。」と結論付けてはみたが、その後、新たな情報を探り当てることができた。
http://www.meti.go.jp/speeches/data_ej/ej090219j.html
経済産業省事務次官の記者会見録)

Q: 世界同時不況に関連してですが、最近国内で自治体による地元経済支援というのでしょうか、例えば広島でのマツダ車を公用車として購入するというのも一例だと思うのですが、こうした動きというのは、ややもすると国内での出来事とはいえ、内向きととられかねないような動きであるかと思うのですが、どのように感じておられますでしょうか。

A: WTO協定上は、国のみならず都道府県や政令市なども、その遵守が義務付けられているわけなので、調達については適正なルールでやっていくというのは当然のことだと思っております。ご指摘の個別のケースについては、私どもも必ずしも手続の詳細について承知しているわけではないので、これをいまのルールとの関係でどう評価するかというのはちょっといまコメントする材料がないと思います。いずれにしても、我々としては、自治体が様々な調達活動をするに当たって、WTOルールに整合的にやっていくということはどうしても必要なことだと思っています。

直接バイ・アメリカン条項を論評したものではないが、内国調達がWTOルールに整合することは当然との回答であったので、そのWTOルールをもう一度お浚いをしてみた。
長くなるが、(外務省のHPより)

WTO政府調達協定は、ウルグアイ・ラウンドの多角的貿易交渉と並行して交渉が行われた結果、1994年4月にモロッコマラケシュで作成され、1996年1月1日に発効した国際約束(条約)です。日本は、1995年12月に同協定の締結及び公布を行いました。
 WTO政府調達協定は、1995年1月に発効した「世界貿易機関WTO)を設立するマラケシュ協定(WTO協定)」の附属書四に含まれる複数国間貿易協定と呼ばれる4つの協定のうちの一つです。この附属書四に含まれる各々の協定はWTO協定の一括受諾の対象とはされておらず、したがって、別個に受諾を行ったWTO加盟国のみがWTO政府調達協定に拘束されることになりますが、その実施・運用は、WTOの枠組みの中で統一的に行われています。
 政府調達分野では、それ以前より、東京ラウンドの多角的貿易交渉の結果、1979年4月に作成され1987年2月に改正された「政府調達に関する協定」により、政府機関等による産品の調達に内国民待遇の原則(他の締約国の産品及び供給者に与える待遇を自国の産品及び供給者に与える待遇と差別しないこと)、並びに無差別待遇の原則(他の締約国の産品及び供給者であって締約国の産品を提供するものに与える待遇をそれ以外の締約国の産品及び供給者に与える待遇と区別しないこと)が適用されてきました。
 WTO政府調達協定は、こうした規律の適用範囲を新たにサービス分野の調達、地方政府機関による調達等に拡大するもので、政府調達における国際的な競争の機会を一層増大するとともに、苦情申立て、協議及び紛争解決に関する実効的な手続が定められたことにより、政府調達協定をめぐる問題につき一層円滑な解決を図るための仕組みが整備されました。

この政府調達協定は、他の協定とはちょっと違う位置付けにあるということがさらりと書かれている。
しかし、『政府機関等による産品の調達に内国民待遇の原則(他の締約国の産品及び供給者に与える待遇を自国の産品及び供給者に与える待遇と差別しないこと)、並びに無差別待遇の原則(他の締約国の産品及び供給者であって締約国の産品を提供するものに与える待遇をそれ以外の締約国の産品及び供給者に与える待遇と区別しないこと)』がルールの根幹であって、これは所謂貿易ルールと同じである。
具体的には同協定第3条がそれに該当する。

第三条 内国民待遇及び無差別待遇
1 各締約国は、法令、手続及び慣行であってこの協定の適用を受ける政府調達に係るものについて、他の締約国の産品及びサービスに対し並びに他の締約国の供給者であって締約国の産品及びサービスを堤供するものに対し、即時にかつ無条件で、次の待遇よりも不利でない待遇を与える。
(a)国内の産品、サービス及び供給者に与えられる待遇
(b)当該他の締約国以外の締約国の産品、サービス及び供給者に与えられる待遇
2 各締約国は、法令、手続及び慣行であってこの協定の適用を受ける政府調達に係るものについて次のことを確保する。
(a)機関が、国内に設立された特定の供給者を、当該供給者が有している外国企業等との関係(所有関係を含む。)の程度に基づいて、国内に設立された他の供給者より不利に取り扱ってはならないこと。
(b)機関が国内に設立された供給者をその供給する産品又はサービスの生産国に基づいて差別してはならないこと。ただし、次条の規定に従って生産国とされる国が協定の締約国であることを条件とする。
3 1及び2の規定は、輸入について又は輸入に関連して課されるすべての種類の関税及び課徴金、これらの徴収の方法その他の輸入に関連する規則及び手続並びにサービスの貿易に影響を及ぼす措置(法令、手続及び慣行であってこの協定の適用を受ける政府調達に係るものを除く。)については、適用しない。

政府調達関係については、一見緻密そうにも見える入念なルール(入念だけれどもよくよく眺めると抽象的である)が定められていることも分かった。
http://www.mofa.go.jp/mofaj/annai/shocho/chotatsu/q_a/pdf/qa.pdf

バイ・アメリカン条項がグレイであるとの結論にブレはないが、少なくとも、『政府調達』と『世界貿易の自由化』は、直に結び付けるには余りに遠い話ではないかとのわたくしの素朴な疑問は、本ルールをお浚いしてみた結果、ルール解釈上、それが誤りであることが判明した。


と、一服していたところで、そもそもの疑問(白か黒か)そのものを解説した資料にも遭遇した。
http://www3.jetro.go.jp/jetro-file/BodyUrlPdfDown.do?bodyurlpdf=05000960_001_BUP_0.pdf


少し古い資料ではあるが、早稲田大学の教授が執筆された第1章と第2章が大変参考になる。
前述の基本理念に係る詳細な解説が施されているが、その中で、これまでに当該案件に係る紛争(パネル)処理に至ったケースが少ないために、『協定の解釈には未だ明確になっていない部分が少なくない。』との指摘がなされている。
成る程。


また、現行のバイ・アメリカン(オバマ政権下のものではない旧来のもの)についても言及がなされており、

米国における政府調達については、連邦政府の調達、及び州政府の調達がある。いずれにおいても、通常は一般公開入札制度が採用されているが、連邦レベル、州レベルともに、バイ・アメリカン制度と呼ばれる米国製品もしくは州製品を可能な限り購入することを義務付ける、または推奨する法・制度が存在する。米国についてはすべての州に政府調達協定が適用されるわけでなく、また適用除外も多く存在することから一概には言えないものの、WTO政府調達協定では国内供給者と協定加入国の供給者を同等に扱う内国民待遇の付与を原則としており、バイ・アメリカン制度はこの点問題がある。

と指摘をしている。
『1979年通商協定法により、連邦バイ・アメリカン法は、旧政府調達協定加入国に対して内国民待遇が供与されるよう修正されたほか、手続の透明性の確保等の面でも協定との整合性を確保した』こと等により、直ちに黒とは言えないが、怪しさは拭いきれないとの指摘である。

尤も、パネル裁定はあくまで黒かそうでないかを糾すものであるから、現行の修正バイ・アメリカン法はグレイに見えたとしても、「セーフ」即ち黒ではないと判定されそうだと言うことであろう。
遠回りをしたが、成る程、たいへん勉強になった。
今後は、(新バイ・アメリカン条項の施行後に)実際にパネル提訴に動く国があるかどうかが焦点と言うこととなる。

(参考文献) 須網隆夫早稲田大学大学院法務研究科教授他「「各国の政府調達制度とWTO政府調達協定との整合性」より「第1章WTO政府調達協定の概要」「第2章各国の政府調達制度にかかる問題点」」)2005年3月;日本貿易振興機構経済分析部



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夜空ノムコウ」(スガシカオ