個室の出来事

先日経験した、と或る小さなビルのトイレでの出来事である。個室が2,3室の小さなトイレの中で、わたくしは一人快適な気分で瞑想に耽っていた。
ほとんどヒトの出入りのないトイレであることは経験則上認知していたので、他者の介入(トイレ待ちの行列?)を心配することもなく、心安くして瞑想に耽っていたのである。
すると、扉の向こう側に誰かがトイレ内に入ってきた気配がする。
確か隣室が空いていたはずであるし、自分のいるこの個室は急いで明け渡さなくても大丈夫だな、と思いながら、外の気配に耳をそばだてていると、隣の個室に入る気配もなし、洗面所で水を流す音が聞こえ始めた。
ああ、身だしなみのほうか、と思いつつ、さらに心安く、わたくしは瞑想の世界に戻る。
洗面所の蛇口から水が流れる音は、暫く続いていた。
何だか長いなあ、と思いつつ、もう一度耳をそばだててみると、じゃばじゃばという音から、どうやら手でも洗っている様子らしい。
入念に洗っているらしい様子から、さぞや潔癖気質のヒトらしいと思いながら、3分、5分、7分。
いつまで経っても、その音が終わる気配がない。
静かなビルの静かなトイレの中で、じゃばじゃば音だけがあたりに響いている。
列待ちをされているわけでもないのに、何だか不安な気分が頭をもたげてくる。
それに、こちらもそうそう瞑想に浸っているばかりともいかないので、そろそろ外に出たいと思っている。
しかし、こういったシチュエイションになると、何だかこちらから外へは出にくい。
何より、そんな3分も5分も7分も10分もずっと途切れることなく、手を洗い続けているようなヒトと顔をあわせるのは、正直気が引ける。
10分も過ぎた頃、ようやく、蛇口を閉める音が聞こえて、じゃばじゃば音は鳴りやんだ。わたくしは、正直ほっとして、早くそのヒトがトイレの外に出て行くことを祈った。
しかし、しばらくの静寂の後、再び、蛇口をひねる音が聞こえ、じゃばじゃば音が再開されたのである。
何だかわたくしはとても怖い気持ちになった。
尻のあたりにサメ肌がたった。
それからまた2,3分くらいして、こちらも意を決して、水洗音を思い切り出して、外に出ようと身支度をして、ドアに手をかけた。
すると、洗面所の方でも水を止めて、あわてて外に出て行く気配がする。
すれ違いのように、わたくしは個室の外に出た。
そして、洗面所の前に立つと、そこは撥ねた水でびしょびしょに汚れた洗面台があった。
顔を合わせなくてよかったと心底その時思った。


※この出来事は、わたくしの住んでいるまちの中での出来事ではなかったため、残念ながら、七不思議にはカウントできない。


本日の音楽♪
「BOM TEMPO」(CHICO BUARQUE)