book on

いつもの全国チェーン古本屋に寄り道をして文庫本の書棚コーナーを漁っていたところ、傍にいた2人の店員の話声が聞こえてきた。
1人の新人店員にもう1人の方が仕事のやり方を教えているらしい。オン・ザ・ジョブ・トレイニングというやつか。どうやら、書棚への本の並べ方という基本的な作業についてのレクチャーのようである。
きびきびした声の若い小柄な女性店員が教える側。書棚担当は本を五十音順に出来るだけ綺麗に並べるのが基本、といったことを説明している。
「時々お客さんが出鱈目に本を戻したりすることもあるから、そういう整理も必要なんだけど、書棚担当が最初っから明らかに間違って並べているっていうのもあるわけ。これなんか、そうよ。分かる?」
新人バイト店員らしいひょろひょろした感じの学生っぽい男の子が答える。「真保(まほ)●一ですよね。「ま」の欄にあるから、これでいいんじゃないスか。」
「これは真保(しんぽ)●一。「し」の欄に入れなくちゃならないの。こういうミスがとっても致命的なわけ。探すお客さんも困るし、あとあと担当が並べ直すのにも苦労をするわけよ。分かる?」
「しんぽって読むんスか。へえ。物知りっスねえ。作家の名前、全部覚えているんスか。すげえや。天才じゃないスか。」
先輩店員は、それほどのものじゃないわよとぶつぶつ呟いて照れている。
傍で本を読む振りをして耳をダンボにしているわたくしの手が小刻みに震えてくる。
次に、先輩店員はストックヤードからの本の補充方法についてのレクチャーを始める。
「補充のポイントは「D」品を除けていくということね。凄く古びていたり、日焼けしていたり、破けていたり、そういった本はお客さんが敬遠するわけ。日焼けの度合いなんかはすぐには気付きにくいけれども、ほら、これなんかはDね。分かる?」
「どこが日焼けなんスか。へえ。すげえ。気付きませんでしたよ。どうやって見分けられんスか。超、才能ありますねえ。」
いやいやいや、と先輩店員が相変わらず照れまくっている横で、わたくしは、ちょっとばかり心外に思った。
お客さんは綺麗な本を選ぶという心理は分からないでもないが、必ずしもそうとばかりは言えまい。マニアックに絶版本、初版本の類を求めて、本を探すことだって往々にしてあるわけであるし、個人的には、若い時分に夢中になって読んだ懐かしくもレアな出版社もの(ブルーガイド保育社、昔の春陽文庫朝日ソノラマ等)は目に止まれば必ず手にとって確認をする。
それを陳列する前から片っ端に排除された日には、同じような本ばかりが書棚に並んでしまうというものだ。それでは、何の個性もない古本屋になってしまうではないか。
京太郎ちゃんや次郎ちゃんや康夫ちゃんが地平線の向こうにまで届けとばかりに延々と書棚に陳列されているわけは君たちのそういった事情があったということだったのかもしれぬのね。
店員同士のべんちゃら掛け合いは続いているが、わたくしはまた一つ新たに勉強をさせて貰って、本屋を後にした。


本日の音楽♪
外は白い雪の夜」(吉田拓郎