日本の小父さん小母さん

フィナンシャルタイムズ誌記事の『世界の進路を決める50人』について過去に取り上げたことがあった(3月25日付け「仏蘭西の小父さん」参照)が、その際、日本人への言及はしなかった。
正確には、内容が乏しくて言及できなかったというところが真相なのであろうが、今回、様々なところで取り上げられている総理主宰の所謂100人(80人?)委員会の提言について言及をしたい。


正確には、『経済危機克服のための有識者会合』というらしい。
http://www.kantei.go.jp/jp/keizai_kaigou/meibo.html#001
議事録は未だアップされていないようなので、出席者のプレゼン資料を覗いてみる。
わたくしの硬直的な頭の中では、国に何を期待すべきか、何を提言すべきかということを考えたときに、国政(その中でも内政)の機能としては、主として、所得の再分配、グランドデザインの立案、治安対策等が専らの模範事例として浮かび上がってくる。
したがって、それ以外の地方政府でも出来ること、民間や個人で努力すべきことといった峻別はきちんとした上で、会議に臨んでいることは有識者として当たり前に過ぎることなのだろうとピンを留めている。


そういった点からみて、例えば、産業界からの声として多いのが、信用保証制度(或いはCP買取)の拡大といったもので、資金繰り対策としてのセーフティーネット充実という指摘は、それはそれで成る程と思う。
但し、専らの関心は対象業種の拡大といった方向にあり、資金繰り対策(の先延べ)だけで十分なのかといった先行対策の点ではもう少し声があってもいいのかとも思った。


一方で、例えば、消費者団体においても、同様にセーフティネットの充実という文脈で安全安心対策を等しく掲げる傾向にあるが、社会的弱者の救済や格差是正のための政策という意味であればそれは理解できるが、所謂一般的な意味での消費者保護対策というものであった場合、それはどのように経済危機克服と結び付くのだろうか。
それが彼ら消費者団体の常日頃からの御題目であることは理解するにしても、TPOを弁えない硬直的画一的な視点や提言の仕方といったものが何やら遣る瀬無い。
そろそろ言い出しっぺの彼らにもアカウンタビリティを追求していく時期なのかもしれない。


さらに遣る瀬無いのは、「研究開発・教育・成長インフラ」の回に出席をされた有識者諸氏の面々であり、彼らの殆どが一様に研究開発投資の一層の拡充を主張している。
研究開発投資が中長期の先行投資として重要でないとは思わないが、貴方に言われなくても判っていますという話でもある。
寧ろそれがどれだけの経済社会効果があるのかということを誰もが知りたい。
他国と比較して日本は投資水準が低いといった姑息な見せ方をする資料があったが、それがどれほど論理的でないかは、役人頭の発言者には凡そ判らないであろう(陳情じゃあるまいし、どちらを向いて話をしているのだろうか)。
せめて投資効果のポテンシャリティの大きさというものについて、当事者は、大風呂敷を広げてみせて欲しいところである。
公共事業が特定業界のみを潤す偏向政策としての批判を受け、それへの配分投資を削減したことに未だ共感を保持し続けているのであれば、I-O表で両者の乗数効果を比較してみるのも宜しいかもしれぬ(実は大した係数ではない)。


心情的に、彼らの発言に遣る瀬無さを感じている一番の理由は、彼らはどのような立場で研究開発投資の重要性を述べているのか判っているのだろうかということである。
今回の彼らの発言は、或る特定業界の人間が「儂のところに金をもっと寄越せ」という利益誘導発言とどう違うのであろうか。
「大学は教育機関でもあるので、公的色彩が強いのであります。」などといった筋違いな発言は通らない。
社会全体で利益相反の問題が叫ばれているときに、当事者であるところの大学教授が「もっと大学に資金を」と厚顔にも主張することは、国民の視線というものを持ち併せているのかどうかわたくしは疑問に思う。
あの場の出席者で、そういった利益誘導発言を堂々とできるのは、国会議員を除けば、地方の首長くらいのものだろう。
未来の先行投資だと主張するだけの一様な中身のない陳情資料は、何とも虚しい限りである。


さて、素人のわたくしがさらにお気楽にコメント出来るのが、エコノミスト諸氏の提言についてである。
冒頭の『世界の進路を決める50人』との対比もそこにある。
おしなべて彼らのプレゼン資料はどれも練れていない。
紙より口で勝負か。
新券発行といった奇手を繰り出した提案がほとんど見当たらなかったのは意外であったが、はたと膝を叩くような驚きという思考の形跡が感じられない。


空虚な事例として、売れっ子経済評論家であられるところの勝●氏の資料を取り上げよう。
雇用人材対策の回でこのエコノミストは発言をしているが、その提言内容は「若者への(重点)投資」である。
御丁寧にプレゼン資料の表紙も自著の顔写真入りである(癒し系ではなく、脱力系を狙っているのだろうか?)。
現状認識として、多くの若者が努力が報われない社会であると感じている。
若者対策を掲げる理由として、東京ガールズコレクションなど若者の中にこそ新たな活力を生み出す力があると指摘をしている。
このための具体的な政策事例として、正規非正規の不均等待遇の禁止や教育費への重点配分などを挙げている。


以上の主張の何が空虚なのか。
当たり前の正論を言っているのではないのか。
しかし、具体的な解決方策の提示内容が、「若者にチャンスを!」と言う割には、確かに限定的抽象的に過ぎ、問題解決的アプローチとは言い難い。
それでは、問題提起型アプローチとして構成されている提言内容であったということか。
このエコノミストは、若者対策の理由として(十分な教育機会とチャンスを与えられた)若者がイノベーションの源泉になるからであると言っている。
何故若者だけに着目をするのであろうか。
出る杭を伸ばす政策や努力が報われる政策を念頭に置いているのであろうが、イノベーションと若者が即座に結び付いてしまうこのエコノミストの理論構築の仕様というものが、わたくしには正直なところ理解できない。


ここまで責めておいて突然匙を投げるようで気が引けるのであるが、わたくしが最初に記した国家の機能(グランドデザインづくりやセーフティネット構築等)を思考するスキームにおいて、どうもこの売れっ子エコノミストの頭の中は極私的な捉え方しか出来ていないのではないか、社会全体を見渡す公共政策という鳥瞰的視点が希薄なのではないかという印象を禁じ得ないのである。
視野狭窄といってもよいのかもしれない。
規制緩和派でさえ、機会の平等を唱えるのであるから、思考の上でも選択肢の機会の平等を考えてみてはどうなのだろうか。いっそ脱力して。


その他のエコノミスト諸氏を十把一絡げにしてしまうには失礼千万に過ぎるのであるが、例えば、マイナス金利(という名の増税…緊急景気対策時に増税というのは別な意味で驚いた)、還付付き消費税、住宅投資(建坪率・容積率緩和…バブル前から言っている彼の東京外観ウォール街化計画には執念を感じる)、家計貯蓄の掃出し等どれをとっても「成る程!」と頷くものはなかった。
前述のエコノミストのような視野狭窄とは言わないが、虚心坦懐、自らの政策のデメリットやリスクという部分にも是非とも触れて欲しいものである。
今回の提言に関して、国民はステイクホルダーであり、かつ素人でもある。
素人は、感情を除けば、損得勘定でしか判断できないのである。


結局のところ、スマートさという点において、秋のGW(大型連休)の常設化を唱えたリゾート企業経営者の発言資料に最も膝を打った次第である。


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「スキスキ有頂天国」(FAIRCHILD)