松阪大竹姉妹

復古ブームに乗じたというわけでもないが、「事件」(大岡昇平)を読了。

裁判ものミステリと一言でいってしまえばそれまでかもしれないが、今時これほど懇切丁寧に文章に文章を重ねる作家というものがあるだろうか。
その作法はまるで職人技のようでもある。
ミステリに限って言えば、どこかお約束の世界があって、シナリオやシーンの説明の省略形が多い中で、著者は裁判制度というものについてその運用の変遷、メリット・デメリットなどについて詳しく説明を割き、その中でそうしたシステムに沿って動く法曹界関係者達の心情というものを丁寧に叙述する。
これが本書の横線。
そして、縦線は文字通り、主題である殺人容疑と死体遺棄に関する刑事事件案件の帰趨に関する顛末についてであり、その事実関係の裏側を丁寧に一枚づつ剥いでいく作業をこなしていく。
最初は単なる痴情の縺れによる殺人事件かという様相が、劇的にではなく、裁判の証人の証言の一つ一つの積み重ねによって変貌を遂げていくのである。
しかし、この縦線は、ゲームのようにきっぱりとした白黒のついた結末・顛末というものを用意しない。
果たして、本当に被告に殺意が生じていたのかいなかったのか、その事実関係は、現実の世界と同じように、(本人も含めて)誰にも分からない。
この横線と縦線の絡まり方が絶妙なバランスで進行をする。
おそらくそこに作家の才があるのであろう。
ちなみに、あまりにもTVドラマでの印象が強すぎて先入観をもって読んでしまったが、小説のほうから緒読したほうがよいのかもしれない。
それだからといって、あのTVドラマがいけなかったということではなくて、シナリオもあの配役は配役でよく練られていたといまにして思えば納得するものではあった。
今ならば姉妹役は誰が適役だろうか。


本日の音楽♪
「カンナの花」(とんぼ)