Something worthy to be remembered

恒例オバマシリーズ、そのいくつか目;オバマ大統領の施政方針演説。
http://www.nishinippon.co.jp/nnp/item/79534


就任演説の時と同様に国民に率直に語りかける手法をとりながら、一方で、施政方針演説の割に具体的提案内容が乏しいのじゃないかといった批判も紙面を読むとあるようではあるが、わたくし自身はそれほど抽象的な内容であったとの印象は抱いていない。


外交方面はよく識らないが、少なくとも、内政に関しては、95%の勤労者への減税(最富裕層への減税廃止)、裕福な大農家への直接支払いの撤廃、メディケア見直し、戦費のディスクロージャー等々によって2兆ドル規模の歳出削減をまず謳っている。


また、金融支援に関しては、国民がウォール街に対してこん畜生と思う気持ちは痛いほど分かると繰り返し述べた上で、何故に国のため経済のため国民のために支援が必要なのかを丁寧に説明している。
日本でも国会の本会議レベルでこれくらい丁寧に説明をしてみても良いのではないかと虚心坦懐に思った次第である。


さらに、未来の経済にとって死命琴線的(absolutely critical)な分野への重点投資を行うことを明確にしている。
その分野とは、「エネルギー」「医療」「教育」。
これは十分に総花的ではないし、戦略的であると思う。


これまでのオバマシリーズの中で、わたくしの新大統領への論評があまりに阿(:おもね)りすぎているように捉えられるきらいがあったかもしれない。
しかしながら、わたくしは彼らを日本の味方であると思って誉め称しているつもりはない。


「米国自動車産業ビッグ3が瀕死の重症なんだって。」「相当危ないんだってねえ。大変だねえ。」などと呑気にお見舞い気分に浸っているわけではない。
寧ろ、今回の施政方針演説の中で彼らの起死回生戦略というものがはっきりと見てとれる。


彼らは、自動車産業を今回のグリーンディールによって新たな産業の姿にフルモデルチェンジさせようという大胆なシナリオを描いている。
詰まるところ、それは電気自動車産業化である(これをエレクトリック産業と呼ぶのかオート産業と呼ぶのかはよく分からない)。


数年先、間違いなく米国の自動車産業は新たな姿で生まれ変わっている。
それは現状を前提とした企画力、開発力、販売力、資本等といったもの、就中日本の強さや過去の財産といったものが全く通用しないのであって、その新世界は、正に先んじて市場を形成し、支配した者の天下となろう。


その時に日本の自動車産業はどうなっているのか。
米国のような大胆な構造転換は可能なのであろうか。
正直、寒々しい思いしか浮かばない。


自動車産業のみならず、他のクリーンエネルギー分野も然りである。
医療も日本の強味であるところの皆保健制度がキャッチアップされ、後塵を拝しているかもしれない。
教育という最も基礎的で基盤的な国富の増強策において、この瑞穂の国は限りある資源をどのように差配しようとしているのか。
いずれもその示すベクトルは、はっきりとしている。


そうした意味において、この施政方針演説には惚れ惚れするというよりも、戦々恐々とする印象のほうが強いのではあるが(本来はそれを本論の本旨とすべきであるが)、それはそれとして、今回も文章表現として印象に残るフレーズを抜き出しておきたい。
今回は、科学そのものを直接語った台詞はなかった。


『But I also know that in a time of crisis, we cannot afford to govern out of anger, or yield to the politics of the moment.(仮訳:しかし、危機の際に怒りに任せた政権運営や、時の政治に屈するわけにはいかないということもわたしは知っている。)』
政治家らしいといえばらしい、らしからぬとえいばらしからぬ、当たり前の台詞のようでいて、なかなか言えないと思う。
「時の政治に屈しない」は、格好良い台詞だと思う。


返す刀で、『わたくし(たち)の職務は問題を解決することである。』とも言っている。
矢張り格好良すぎる。
また、最後の山場の『We are not quitters.(わたくしたちは決してあきらめたりしない。)』も、印象深い台詞であった(quitterとは、『根性なし』とか『三日坊主』の意味)。


本日の音楽♪
「EVERYTIME YOU GO AWAY」(ポール・ヤング)