経済の素人は再び考え、三度首を捻る

米国の景気対策法案に米国製品の購入を義務付ける「バイ・アメリカン(Buy American)」条項が盛り込まれていることに対して、内外から批判の声があがっているのだそうな。
法案第1604条なのだそうである(ずいぶんと分厚い法典であること)。

「本法により資金提供または事業遂行が可能となる公共施設などの建設、改築、保守整備、修復などの公共事業には、米国で生産された鉄、鋼鉄、工業製品を使用しなければならない。」


本条項の適用に当たっては様々な条件が付され、無原則適用というわけではないようであり、また逆に、適用製品の範囲を鉄工業製品以外に拡げる可能性もあるようであるが、要すれば、公共事業(政府が直接行う種々の工事)を実施する際に自国製品の部品や建材などを優先的に調達するよう義務付けた法令ということのようである。


こうした動きに対して、保護主義の台頭を懸念する共通の声があることは確かである。
読売新聞社説にはこうある。

世界貿易機関WTO)の政府調達協定で、日欧などに対しては、バイ・アメリカン法を適用せず、内外無差別とすることを約束した。
 バイ・アメリカン条項はこの協定に違反している可能性が大きい。「今後1年は新たな貿易障壁を設けない」という昨年11月の金融サミット合意も反古(ほご)になる。


直接的には、政府調達協定や国際約束に違反しているということのようである。
尤も、WTOルールそのものへの違反については言及がないので、それとの関係がよく分からない。
同社説には、こんなことも書いてあるから、わたくしの頭は混乱する。

米国は戦前の大恐慌の際、バイ・アメリカン法を制定した。各国が対抗したことで、ブロック経済化が進み、貿易が縮小して危機が拡大した。


わたくしが学校で習った時分は、確か第二次大戦前、米国でバイ・アメリカン法よりも前にスムート・ホーリー法が出来て、これによって、輸入産品に高関税を課したことが、各国が右へ習えで保護主義に一斉に靡くトリガーとされていたと記憶している(『バイ・アメリカン法』と答案用紙に書いてもマルが貰えると言うことか…)。


而して、わたくしの素朴な疑問は、自国製品優先調達というこのバイ・アメリカン条項が何故に保護主義であると他国から糾弾されるのか、あるいは、同条項はWTOルールに本当に違反しており、貿易自由化の理念に反していると言えるのかといった点である。


正直なところ、公共事業における自国製品優先調達そのものは、公的資金の国内配分のやり方の問題であって、自国民や自国産業を対象に限定するという意味においては、どこの国でも大なり小なりやっていることではないか、という思いも禁じ得ない。
定額給付金などとは異なり、どうしてこのことだけが貿易の話に結び付くのであろうか、というのが素人の素朴な疑問であった。


バイ・アメリカンを契機に保護主義や一国主義のエスカレーションを懸念して、その芽を摘まんとしたい批判側の念入りな意識は分からないでもないが、本当にこれが保護主義の直接のトリガーになるのだろうか。
国内製品調達によりコストが一定(25%)以上に嵩む場合は適用外にするなど価格競争力さえあれば貿易が歪曲的にならないよう配慮しているようにも見える。


例えば、同水準価格の国内製品Pと国外製品Qがあったとした場合、一般的なルールであれば、競争入札でPあるいはQの調達先を決めるのであろうが、バイ・アメリカンはPのみと一種の随意的な契約を結ぶ行為に等しいようにも思える。
こうした契約形態が不透明で不公平だから怪しからんという声があるのもそれはそれで分かるのであるが、それが世界レベルでの市場や貿易を歪めているというところまで追求できるのかどうか。
首を捻っている素人は、そこで、専門家の学識者の発言を発見した。


http://bizplus.nikkei.co.jp/colm/doi.cfm

『「バイアメリカン」と「地産地消」の境』というタイトルで示されたこの記事では、発想のプロセスの違いはあっても、バイ・アメリカンも地産地消(地域で生産された産品をその地域で消費しましょうという取り組み。××生協とかで活発にやってます。)も共に「地元産品を買おうという点で同じ」ではないかとの主張をしている。
成る程。優れた学識者ほど、流石に素人にも分かりよく説明してくれるから、有り難い。

地産地消」のそもそもの発想は、地元の農産物だけを消費するというわけではなく、足らないものは他の地域の産物でも補うということなので、保護主義ではないとされています。


ははあ。地産地消、即、保護主義というわけではない。
ということは、バイ・アメリカン条項も(詳細な規定がWTOルールに抵触するかどうかは兎も角として)考え方自体が即、保護主義ということではないわけなのだな。
漸く得心がいった。

 しかし、人口減少や高齢化などの影響で、地元経済が縮小している地域では、地元産農産物しか消費する余力がなく、他地域・他国の産物を積極的に購入することはできないということが、実態としてありえます。結果として、「地産地消」が保護主義的な取り組みに陥る恐れがないとは言い切れません。


筆者は、地産地消を好いていない見解をお持ちであるのだな。
それで、タイトルにも「境」と付けて、こうした行いにグレイゾーンの存在を強く匂わしているのだな。
しかし、裕福なアメリカが敢えて低GDP諸国地域のような紛らわしい行為に踏み切ることが怪しからんという意味なのかな。
この辺りは素人には深く吟味できないのであるが、いずれにせよ、バイ・アメリカン条項保護主義の関係の「曖昧さ」については理解をした。
最後に、こんなことが書かれてある。

それでなくても、農業関係者は、政治的に保護貿易を維持する主張を唱え続けており、日本が自由貿易協定(FTA)や経済連携協定(EPA)を外国と結ぶときに、日本の農業の保護主義が障害のひとつとなっています。


得心がいったところでそのまま終われば美しかったのであろうが、この発言は恐らく常套句的に結語として使用したかったのであろう。


政治的な意味で各国とも自国農業を保護せんが為に駆け引きカードを手の内に隠し持ってネゴシエーションを行うのは当然である中で、それはあくまで関税削減交渉という枠組みの中での行為であり、これまで以上に関税水準を総体として上げていこうなどというWTOルールの前提を毀すような動きが起きているとは思えない。
印度や伯剌西爾等のある意味横紙破り的主張は良く報道で耳にするが、日本国が破壊的主張や交渉に荷担をしているという事実はあり得ないのだから、専門学識者の言としては、子供騙し的な結びではなく、もう一捻りが欲しかった。
未だに農業対工業の古い対立図式を持ち出して、一方の側が不当に交渉の足を引っ張っていると主張する様子の見立ては、流石にアナクロニズムの色が濃く、黴臭い。

こんなフレーズが未だ罷り通る経済学界に畏れを抱きつつ、バイ・アメリカン条項が直ちに保護主義に結び付くということではないことを御教授頂いたのが、本日の真の意味での収穫であった。


本日の音楽♪
「Catch Your Way」(杉真理