タダより高いものはなし

ある時、地元商店街の福引きか何かで国内バス日帰りツアー招待券が当たり、居住地の近傍の某県の観光地まで出掛けた。
修学旅行ならいざ知らず、こうした見ず知らずの人達との団体旅行は、何が一体楽しいのか正直分からないというのが本音で、ほとんど参画した試しがないのであるが、『タダに勝るものなし』と思い、絶好の行楽日和の下、僅かばかり粧(:めか)し込んで出掛けた。


案の定、70年代や80年代かと思わせるような一昔も二昔も前の観光地や御食事処(ドライブイン)に立ち寄り、タイムスリップ気分を味わった。
そして、まるでおのぼりさんの団体旅行を思わせるような典型的な詰め込みパック方式の行程内容であった。
添乗員氏の細やかな指示にその度に従いながら、およそ分刻み単位で時間に追い立てられ、あっちへうろうろ行程を熟(:こな)していった。
車中、添乗員氏からは多くの旅の思い出話や旅の心得を拝聴させていただく一方で、内心では、「御社が考えている旅行というのは、行程を熟すことを目的とした修験行のようなものなのでしょうか」と改めて思ったりした。
しかし、『タダに勝るものなし』と思い、不満の顔をおくびも出さずに、計画的かつ頻発のトイレタイムも含めて、黙々と行程を熟していった。


行程の中に、ぽつりとさりげなく、「宝石鑑賞購入」というものが挟み込まれており、朝の出発時からもしかして…とは思っていたが、やはり先様の二〇三高地はそこであった。
さりげなく、あくまでさりげなく、地場産業見学という触れ込みで、その場所(工場施設見学所)に一行は連行され、一室に詰め込まれた。

そこでお出ましあられたのが、あの円天の親爺殿ではないが、妙に強気そうな艶気のありそうな御爺様。
名工一〇〇選だの何だのいろいろな肩書きを物証や親戚筋を交え何度も自慢しつつ、「でもこれだけは信じて下さいよ。」という台詞をその都度連呼し(「では、他のことは眉唾なんですか」とは突っ込めない)、吾こそは日本有数の宝石職人、そして目利きであり、今回だけは特別にこっそり御客様だけに有用な情報をお教えすることを高らかに宣言していた。

タダで出された珈琲を飲みつつ、『タダに勝るものなし』と寛容の精神で左から右に聞き流していると、講釈の最中に出してきた掘り出しものなるものが効能灼(:あらた)かと力説をする、かのトルマリンであった。
Just Come!と思わず呟く。
こんなところで、有難い講釈を拝聴できるとは思っていなかった。

ウィキペディアより引用>
近年、トルマリンマイナスイオンを発生し精神的、肉体的にリラックス、リフレッシュさせる効果があると宣伝され、一部で話題になった(マイナスイオンという言葉は疑似科学に類する言葉である)。トルマリンが負イオンを発生させる可能性は理論上はあり得るが、静止状態や、粉末化したトルマリンでこのような作用があることは考えられない[安井 至 (2003-08-31). "高校の先生のために書いたマイナスイオン". 2007年8月27日 閲覧。 ]。


それから御爺様は、所謂一つのパワーストーンとしての浄化作用その他の効能を実証すべく、トルマリンを使ったテーブル科学の実演である。
商売の種をばらす訳にはいかないので(訴えたマジシャンもおられました)、詳細は自らの眼で確認すべきと思うのであるが、こんな楽しい科学の実験は、本当に心が躍る。
ぜん●ろう先生にも是非教えなければならないとわたくしはそのとき思った。

惜しむらくは、ツアー参画者の小母様方が、御爺様の実演ショウの度にあげる悲鳴がこれはこれで相当に喧しかった。
効能を本気で信じ切ってしまったとすれば、それはそれで心配であるし、そうでなければ、これではまるでテレビショッピングかグラハム・カーの世界の料理ショウである。
それと御爺様の後ろに黙して控えていた部下の職員の皆様方の表情が皆、能面のように無表情で怖かった。ショッカーじゃないんだから。


その後、二〇三高地の即売会でどれだけの御布施が齎されたのかは、知らない。
どこかの民芸屋で売っているようなよく分からない石とは全く異なる、由緒正しい効能のある特別なトルマリンである。値段もそれなりに。しかし、今回は特別に皆様にだけ。。。
わたくしは、『タダに勝るものはなし』と嘯きつつ、いち早く会場を抜け出し、自らの真のツアー目的である近所の果樹園畑の散策に勤しんだ。



蛇足:
どこまでが合法で、どこからが詐欺に当たるのか、わたくしはこのケーススタディについての裁定は出来ない。
しかしながら、仮にも地元●●町の全面補助を受けた工場展示施設での地場産業振興という補助目的対象の活動がこれであるということは。
地元町の立場は大丈夫か。「当事者ではありません」「知りませんでした」で逃げ切れるか。指導監督責任というものがある。
かなり危ない立場に立たされる可能性があるかもしれない。だが頑張れ。時代は地方分権だ。



本日の音楽♪
「逢わずに愛して」(内山田洋とクールファイブ