科学を正しい場所に戻す

この発言に対する論評記事での言及というものは、ほとんどなされていないようであるので、個人的曲解に過ぎないのかもしれないが、「正しい場所に戻す」というのは単に科学関係の政府予算を増やし、その待遇を改善して差し上げましょうといった意味だけではないとわたくしは捉える。
この発言の後に続くのがいわゆるグリーン・ニューディールに関する言及であるので、確かに科学関係予算の充実をも意図しているのであろうが、それだけではないだろう。

過去の大統領演説で科学に関する言及に及んだ事例は、例えば、宇宙開発や核開発絡みでのそれは時としてあったが(1960〜70年代)、最近では、ほとんど注目されていない分野と言っても過言ではない。ブッシュ父子などは、科学技術に関して一切言及がなかった(彼らがこの分野で目を瞠るような大した政策をやらなかったことの証でもある)。

アメリカにおける科学技術政策の議論の中で、象徴的に取り上げられるのが、生命倫理(胚性幹細胞、あるいは人工中絶)の取扱いについてであり、前政権はこれに対して超消極的ポジションであった。
その背景には、当然のことながら、宗教的見解というものが大きく横たわっており、アメリカにおいては、このような生命倫理問題に限らず、科学と宗教というものが対立的に抗う場面というのがよく見られる(そうした習慣を持たない我が国のほうが例外なのかもしれない)。

端的に言って、「正しい場所に戻す」との意味は、宗教側に寄りすぎた立場を科学のほうに引き戻すといった意味もあるものと考える。かといって、彼の国の土壌を鑑みれば、宗教的見解の否定にまでは至らないのであろう。
また、相当冷徹かつ現実的な見方をする今回の大統領の性格からして、「科学」よりも「技術」を重視するプラグマ派なのかという気がしないでもないが、今後想定される両者の対立場面での彼のタクトの振り様というものを注意深く見守っていきたい。

いずれにせよ、この演説の一文だけを取り上げてみても、平易率直で、しかも含蓄を含むこうした物言いは、好きである。我が国は及ぶべくもない。


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「愛は偉大なもの」(ジョージ・ベンソン