LOVE IS BUBBLE

世間では、同時期に封切りされた「博士の愛した数式」(小泉堯史監督)のほうにどちらかといえば多くの共感が向きがちであったが、わたくしは「嫌われ松子の一生」(中島哲也監督)のほうを高く評価した。
わたくし自身の好みというものがはっきり見てとれる典型的事例であるようにも思う。


松子の悲惨で不遇で波瀾万丈な一生を、時にジェットコースターのようにドラマチックに、時にリリカルに舶来の寓話のように、時にロックミュージカルの手法で華々しく、手をかえ品をかえ、一気に見せ上げる。
松子の一生は、おしん以上の大河ドラマである。
様々な映画技法とこの映画に関わるスタッフ全ての思いの丈を込めた、十分に質の高い作品である。
なによりも松子として走り抜ける演技を見せた中谷さんは、自らの代表作に名を刻む覚悟と決意のほどが十分に感じられて、いっそのこと清々しい。
であるから、松子の送ってきた人生の悲惨さ、不遇さ、無念さというものを予想以上に引きずらない印象を観客に対して残すのである。
かといって、もう一度観てみようかと問われれば、正直なところ、覚悟がいる。
胃の底にずしんと彼女の人生が消化しきれずに重く重く残っているからだ。
あと5年くらいして、自分の中の感受体・受容体が当時と全く違ったものになった時にもう一度鑑賞をしてみたいと思う。
もしも中学高校生の頃に観ていたら、当時のわたくしは、どのような反応を示したのだろう。
博士の愛した数式」も淡い印象を残すが、その美しさを直接的に味わうのであれば、サイモン・シンのノンフィクションノベル「フェルマーの最終定理」を読むに限る。
おっと
そのノベルには沢山の思い入れが詰まっているので、後日の題材としてもう少しばかり倉の棚に寝かせておくこととしよう。


本日の音楽♪
映画の中でのクライマクスに使われた曲として印象深い。
「まげてのばして」(中谷美紀