築羅手暗

「美食探偵」(火坂雅志)読了。


あの大河ドラマ天地人」の原作者が書いた異色ミステリという触れ込みに惹かれて手にしてはみたものの、「探偵」なんて紛らわしいタイトルは辞めておいた方がよいのではないかというのが率直な感想。
ミステリといえるほどの謎解きやストーリー展開の味は見当たらない。
明治という時代の風物詩として読めば楽しいのかもしれないが、蘊蓄程度にしか残らない。
主人公の印象も希薄。
塩とブイヨンを入れ忘れたコンソメスープ。
敢えて評価するとすれば、二時間サスペンスドラマの脚本には向いているのかもしれない。テレビ向きであるということ。


時代風物をよく描いたミステリというものも一ジャンルを築くほど確立されている。
わたくしの代表作は「剣と薔薇の夏」(戸松淳矩)。
「名探偵は…」3部作でNHK少年ドラマシリーズのような牧歌的下町の味わいのあるミステリを書いていた作者がこういった重厚な時代ものも描ける。
そして、ミステリの枠を越えて突き抜けた先には、あの飯島和一がいる。
彼の作品については、また別の機会に書いてみたい。


ミステリ以外の作家が余技で書いているのであるとすれば、山本周五郎(寝ぼけ署長)ではないが、せめて文章や登場人物の造詣の方でそれなりの味わいを出してほしい。
余技の域を出て、保守本流に挑んで成功したのが、坂口安吾福永武彦
輶慶一郎「影武者徳川家康」は、大河時代小説が結果的にミステリのジャンルにもなっていたという例か(「このミス」にもランクインされていた)。
上中下巻を読むのに3週間かかったが、それだけに値するエネルギッシュな思い入れを込めている。


福永武彦で思い出したが、「廃市」はミステリではないが、愛藏作の一つである。
柳川は訪れるに相応しい町である。
佐原の潮来船も宜しいが、こちらの運河の佇まいも大変に風情と趣がある。
この静謐で美しい運河の町に住む姉妹(妹)は、この町に息苦しさを絶えず感じて、剰え憎んでいるという。その設定がこの作品の基調、琴線となっている。


但し、毎度のお小言の繰り返しになるが、あの映画のことである。
原作に忠実に柳川という町の美しさと閉塞感をよく表現していたと思うのに、あの配役の滅茶苦茶さ加減(特に主人公姉妹)さえなければ、静かにわたくしのイメージの中だけで楽しめたものを。
返す返すも口惜しい。


本日の音楽♪
「雪がふる前に」(遠藤京子)